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【024】 トリカゴから見た景色



 開会式の当日、横浜スタジアム上空は晴れてはいたが強い風が吹いていた。


『本日はは風が大変強い為、入場の際は帽子は深く被り――』

 高野連の爺さんがさっきから繰り返しマイクで注意を呼びかけている……聞いてる奴はほとんどいないみたいだったが。



「すげぇ人数だなぁ、しかし」

 涼が呆れたように言った。

 横浜公園内の球場のゲート付近はユニホーム姿の連中でごった返していた。

 参加校が約200でベンチ入りが20人って、単純に考えれば約4000人。相当な人数だと言うことは間違いない。


「あれ?」

 さっきまで僕の背後に立ってた俊夫の姿がなかった。

「俊夫はドコ行ったんだ?」

「ああ、アイツは弟んトコじゃね?」

 坂杉に言われてすぐに弟の顔がアタマに浮かんだ。

 礼儀正しくて二年生ながら東峰学園でレギュラーを掴み、センバツ準優勝を果たした優秀な弟。ズボラでどうしようもない上に平凡な公立高校で一塁ベースコーチをやってる兄貴とは大違い……でも仲は良さそうに見えた。

 それにしても兄弟でありながら敵味方に分かれて闘う気持ちってどんなもんなんだろ?

 俊夫は顔には出さないが、内心は複雑なハズ……すべては坂杉が悪い。アイツのクジ運の悪さが鈴木兄弟の不幸を招いたと言っても過言ではない。

 おそらく坂杉って奴は普段の行いが悪いか、もしくは前世でとんでもない粗相を犯して、それでバチが当たったに違いない。そのトバッチリを受けたのが鈴木兄弟であり、僕だったわけで――

 

「すっぎうっらくん!」

 僕の名を呼ぶ、この場にそぐわない呑気な声……僕は恐る恐る振り返った。

 やっぱり――。

 ソコにいたのは僕が受けたトバッチリ……澤井杏子だった。


「……なんでココに?」

「入場までまだ時間ありそうだったからついフラフラと……」

 なるほどね……自由な彼女らしい理由だ。

「でも思ってたより人がいるから会えないかと思ってたんだけど……元気そうでよかった」

 杏子は笑った。

 彼女と会ったのは久しぶりだったが、その表情にいつかのような翳りは感じられなかった。


 ん……?

 さっきまで僕の周りにいた酒井たちの姿がない。

 振り返ると酒井たちが遠巻きに僕らを見ていた。

 僕と目があった酒井は親指を立ててウインクしてきたが、そういうまったく意味のない気遣いは金輪際やめてもらいたい。


「試合の日も会えるわね。ほら、ウチ第二試合だし」

 杏子は立てた二本指を揺らした。 

「私たちよっぽど縁があるのかもね。そう思わない?」

「そうかもしんないスね」


「……適当な返事。」

 彼女は微笑みながらも、僕を睨んだ。


「見せてもらうわね、杉浦くんの最後の夏。私をフってまで――」

「あああああああ、はいはいはい、わかりました」

 慌てて彼女の言葉を遮った。

 だいたいこんなところでするような話じゃない。

 隣にいた知らない学校の奴が僕と彼女を訝しげに見ているし……というか彼女は目立ちすぎる。


「それより……なんでレギュラーじゃないの?」

 彼女は一転して不満そうな顔で言った。

 僕の背番号のコトを言ってるのだろうが――。

「さあ……何でかな」

 僕にも理由はよく判らない。


 僕の背番号は春に着けていた「3」から「11」に変わっていた。

 納村の意図はまったく読めなかったが、ひとつだけハッキリしていたのは僕は干されたらしいという事実だった。

 春の大会のあと、僕は一塁手のレギュラーを剥奪され、打撃投手兼ノッカー兼陸上部に飛ばされていた。当然、練習試合の出場もゼロだ。


「もうピッチャーはやらないの?」

 杏子が呟いた。

「さあ。オレが決めるコトじゃないから――」

「また投げてるところ見せてよ」

 杏子は僕の言葉を最後まで聞かず、真っ直ぐに視線をぶつけてきた。


「いや、だからそれは――」

 僕がいいかけたとき、球場のゲートが開いた。

 杏子はゲートの方に視線を伸ばし「始まったみたいね」と言ったが、僕らの入場はもう少し先のようだった。

 

「じゃ、そろそろ行くね」

「え。ああ――」

 僕は中途半端な相槌を打った。

「みんなのところに戻らなきゃ」

 杏子は上を指さした。

 他のマネージャーたちはスタンドにいるようだ。


「じゃあ、また……本当に期待してるから」

「え。期待ってなに――」

 僕の言葉を待つことなく、彼女は僕に向かって手を振り、そして背を向けた。そのまま一度も振り返ることなく人込みの中に紛れていってしまった。




 期待してる――。

 杏子の最後の言葉はナニに対してのモノなんだろう?

 数々の期待を裏切り続けてきた僕としては、一番プレッシャーを感じると共に、一番苦手な言葉でもあるんだけど……。






***

 

「――泉が丘のエースは一年生のサウスポー。あんまりコントロールはよくないみたい」

 マネージャーの岸が僕に向かって呟いた。


「春は県大会には出てきてないし、地区大会では三戦全敗。夏の予選は未勝利で大会初勝利を目指しているんだって」

 岸は僕に口をはさむ暇を与えず、ナニかを読み上げるように一気に喋った。


「……調べたんだ?」

「そうよ。マネージャー兼スコアラーみたいなものですから」

 彼女は胸を張った。

 スコアラーって……それはタダの学校紹介ですがな……。

 おそらく彼女はスコアラーが何たるかを知らないんだろうと思ったが、僕はクチにしなかった。

 泉が丘のエースは一年生……三年生を凌ぐほどの実力の持ち主か、あるいは二、三年生にまともな投手がいなかっただけなのか。

 どちらにしてもタカが知れていたが、ウチが左をややニガテにしているというのが若干の懸念材料といえるのかもしれない。




「トシィ、代わってくんねえ?」

 バッティングピッチャーを務めていた渋谷が俊夫に向かって手を振っている。


「てめえはよ――」

 ブルペンでは坂杉が佐々木に向かって何かを怒鳴っている。


 金属バットの甲高い打球音、ミットを叩くボールの渇いた音。そして僕らのかけ声が校舎に跳ね返ってグラウンドにコダマする。

 何気ない日常……まったくいつもと代わり映えのしない光景だったけど、何故か不思議な感覚に囚われていた。

 それは当たり前のことが当たり前じゃなくなる瞬間がいつか僕らにも訪れることを知っていたから。そしてその寂しさをココにいる誰よりも知っているつもりでいたから。


〈あと何回ぐらいココで練習するんだろ……つうかできんだろ?〉

 やれることは全部やったんだろうか、何か忘れてることなんてないよな……考え出したらきりがない。ムダにしてきた時間がスゴク惜しく感じる。


『じゃあ時間があったらナニをするんだよ――』

 自分に問いかけてみたが……おそらく時間があっても僕はナニもしない。

 僕にとって時間は無駄に消費するためだけに存在するモノなのかもしれない。漠然とした不安がアタマを過ぎるのは、無駄にできる時間が少なくなったってことのせいかもしれない。


「杉浦――。」

 顔を上げると酒井がニヤニヤしながら立っていた。

「ナニぼーっとしてんだよ」

 そう言ってバッティングゲージをアゴで指した。 


 今日は納村がいなかった。

 以前と比べると確実に練習に出ることが多くなった納村だったが、それでも週に二回くらいは姿を見せない日があった。

 そこが僕のフリーバッティングのチャンスだった。

 酒井たちが気を回してくれて、その日は多めに打席に入らせてくれる。奴らだってなるべく打席に立っておきたい時期のハズなのに……。

 僕はそんな気遣いに感謝しながらバッティングゲージに足を踏み入れた。


「お。反抗期の杉浦じゃ~ん」

 バッティングゲージに入った僕を迎えてくれたのは、バッティングピッチャーの俊夫の甲高い声だった。

 俊夫って奴は大した男だと感心する。

 彼の置かれている状況って複雑すぎるように思う。

 実力はあるのに出番には恵まれず、しかも弟は強豪校のレギュラー。だけど腐ることもなく、自分の出番がないことよりも僕の出番がなくなることを心配してくれたり……。

 僕がいまの状況にいながら、かろうじて我慢できてるのは俊夫の存在が大きかった。俊夫がいなかったらもうとっくに辞めちゃってたんだろうな――。


「おまえにオレの魔球が打てるか?!」


 声に視線を上げると、俊夫が不敵な笑みを浮かべていた。

 人差し指と中指で挟んだボールを突き出すように掲げて――。

「なんじゃそりゃ……」

 ただのフォークボールだ。

 しかも短い指をムリヤリ拡げて……バカじゃねえの。

 僕はなんだか可笑しくなった。

 独りでセンチメンタルな気分に浸ってた自分が滑稽に思えて頬が弛んだ。


「――やかましい。早く投げろや」

 バットの先を俊夫に向かって真っ直ぐに伸ばした。



 俊夫はチカラのこもったボールを放ってきた。

 僕はそれを渾身のチカラで弾き返す――。


 他の奴らにしてみたら、出番に恵まれないモノ同士がじゃれてる程度にしか見えないのかもしれない。

 それでもいいような気がしていた。

 気の合う奴らと好きなだけ野球ができればソレで十分だった。

 例えそれが試合ではなかったとしても。



「おお~、絶好調だな」

 ゲージの脇に立っていた酒井が打球を目で追っている。

 僕は何も答えず、ただ小さく笑う。

 この濃密な時間を惜しむようにただフルスイングする。


 瞬きをするのも惜しいと思った。

 バッティングゲージから見えるここだけの景色……ただそれだけをを記憶に焼き付けたくて――。




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