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【022】 正論の代償


「え……ナニがですか?」


 僕は呆気にとられていた。

 試合後のベンチ裏で僕は納村に呼び止められ「どういうつもりなんだ!」といきなり問いつめられていた。

 結構な剣幕で怒ってるみたいだが、何のことを言われているのか僕にはまるでわからない。

 坂杉たちも心配そうな顔で僕と納村を見守っている。


「どう考えたってハーフウェーだろ?! それをムリにタッチアップなんかしやがって……」


 なんだ……そんなことか。

 納村は苦虫をかみつぶしたような顔で僕を責めたが、責められるようなコトはしていない。我ながらナイスな判断だったと感心しているくらいだし。


「べつにムリなんかしてないスよ。ゲンにああやって――」

「アレはタマタマだ!」

 おいおい、たまたまって……点が入ったときにはあんたも喜んでただろ。


「毎度毎度スタンドプレーばっかりしやがって。そんなに目立ちたいのか?」

 つうか……八つ当たりだな、どう考えても。

「べつに目立ちたいとかじゃないスよ。勝つにはどうしたら一番いいのかを考えただけですよ」

 僕の言葉に納村は口元を歪めた。


「……どうやったら勝てるかわかったような口ぶりだな?」

 納村は目を細めた。


 ピンチに呆然としていたアンタよりはね――。

 僕は思ったが口にするのを我慢した。


「すいません。アレは俺の指示です」

 俊夫が僕と納村のあいだに割って入ってきた。

「ライトは確かに肩はいいみたいですけど、練習中から返球が荒れまくってましたので……すいませんでした」

 俊夫は僕を庇うように納村に頭を下げた。

 

 初回のあの場面、ライトが中継に入ったセカンドまで返していれば少なくとも三点目は挙げることはできなかったのだろう。あるいは僕が三塁で刺されていた可能性だってある。

 しかし僕には予感があった。

 強肩をアピールする機会を狙ってウズウズしているハズの小沢は、きっとダイレクトでの捕殺を狙ってくる――。

 その予感は僕と俊夫に共通したものでもあった。

 僕らは賭けに出て、そしてその賭けに勝った。もちろん勝算が十分にあったからなんだが。


 しかし納村は憮然とした顔で僕と俊夫に向かってクドクドと説教をはじめた。

 彼は確率がどうとかそんなことばかり言っていたが、失敗することばかり考えてナニもしないより、場合によっては大博打を打った方がいいときだってある。

 とくに今日みたいな圧倒的なチカラの差がある相手に対しては守り・・に入ってたら見せ場すら作ることができないまま終わっちゃっても不思議ではないだろうし。


「バッティングにしてもそうだ。ミートを心懸けろと口を酸っぱくして言ってるのに、お前ときたらブリブリ振りまわしやがって―――」

 納村はそう言って真っ直ぐに僕を指さした。

 ミートしろって……なんなの、そのアバウトさは。

 そんなんだからアノ程度の球も前に飛ばないんじゃないかと。当てるだけでヒットになるなら苦労ないし、それはマトモに野球をやったことのない人の考えだ。

 それにしても僕に対しての不満が相当あったんだろうな、この人。あらためて納村と僕の野球観には大きな隔たりがあることだけは確認できた。


「いいか。ウチの野球はつなぐ野球だ。選手個々の自己犠牲の精神のうえに――」

 納村は自分の言葉に酔ってるみたいだった。

 だけどつなぐ野球って……ウチが中軸以外で得点できると本気で考えてるんだとしたらちょっとどうかしてる。それに練習試合とか楽勝な相手のときにはほとんどノーサインなのに、大事な試合で突然いつもと違う野球なんてできねえだろ、フツウ。

 なんか……だんだんハラが立ってきた。

 

「そして数少ないチャンスを大事に……」

「え。数少ないからこそ、大胆に勝負を仕掛けるべきないんじゃないスか?」

 僕は思わず口を挟んでいた。

 余計なことをいってしまった――。

 少しの後悔がアタマを掠めたが、だけど僕が間違ってるとは思えない。僕がやってきた野球はいつだってそうだった。そしてこの試合もあの回以外にはチャンスすらなかったというのも事実だし。



 納村は口ごもったままだった。

 行き場を失った彼の言葉……重い空気が僕らを包み込んでいた。

 


「――すいませんでした」

 沈黙を破って俊夫はそう言うと「今後は気を付けるようにします!」と僕の頭を押さえて納村に向かって下げさせた。


 


 しばらくして舌打ちが聞こえた。

 舌打ちしたいのはこっちの方だと思いながら顔を上げた。

 納村は僕らを一瞥すると、ナニも言わずに背を向けて行ってしまった。





「バカヤロウ。」

 俊夫が僕の後頭部をひっぱたいてきた。


「痛ってぇ……ナニすんだよ」

「ナニすんだじゃねえだろ! あやまっちまえばいいんだよ。それをナニ反論しちゃってんのよ、おまえ」

「いや、それはそうだけどよ」

 俊夫はいつになく厳しい表情だった。


「ようやくアイツもお前のこと使う気になってきたんだぞ。コゴトを言われるくらい我慢しろよ」

「まあそうなんだけどよ……」

 俊夫の言ってることはよくわかる。

 だけど僕にも譲れない部分はあった。今日の僕らの判断は絶対に間違ってなかったと確信していたし。


「今日の試合にしたってよ、ヒット打ったのお前だけなんだぞ。気付いてたか?」

「え……マジで?」

 知らなかった。

 あんまりヒットは出てないなと思ってはいたが。


「だからさ……お前が俺みたいに干されちゃうと戦力的にも困っちまうんだ、みんながよ」

 俊夫は諭すように言った。

 コイツの言葉だったからより重みがあった。

「せっかくレギュラーを掴んだんだからよ。もうちょっと大事にしようぜ」

 俊夫はそう言って頬を弛めた。本気とも冗談とも判らない笑顔だった。




「……わかったよ。明日もう一回謝ってくんわ……」

 僕は呟いた。


「ああ。そうすんべよ」

 俊夫はそういって僕の背中をポンと叩いた。


 納得したワケじゃなかったが、多分それが一番いい選択肢なんだと自分に言いきかせた。

 それにしても――

 あんな奴が監督で……夏は大丈夫なのか?


 僕には釈然としない気持ちが強く残ったままだった。

 納村に対する不信感を拭うには「もうそれほど時間は残されていない」ってことも僕を苛立たせる原因のひとつなのは間違いなかった。





***


 翌日、納村に詫びを入れるために訪れた職員室では昨日の試合のコトが話題になっていた。


 昨日は最終回に集中打を浴び、結局3-12で僕らは負けた。

 だがセンバツ準優勝校相手に『八回までは互角以上に渡り合えた』ということが逆に僕らの評価を高めてくれたらしい。

 僕らとしても、大敗したワリにはショックを引きずってはいなかった。

 東峰相手にあそこまでやれたという自信と明らかになった課題、その両方を手に入れることができたような気がしていた。

 或る意味、シード権を獲得するより意味のあるコトのようにも思えて――。


「公立でもやれるってところを見せてくれよ!」

 学年主任の大石がいつになくにこやかな表情で僕の肩を叩いた。そんな様子を納村は黙って眺めていた……相変わらず苦虫をかみつぶしたように顔を顰めて。



 しかしその日の午後から納村は練習に顔を出すようになった。

 おそらく教頭あたりにはっぱをかけられてようやくその気になったってトコだろう。

 ま、勝たしてくれる気があるならなんだっていいんだけど。


 だけどその日の練習メニューから、僕の『立ち位置』が大きく変わってきていた。

 フリーバッティングのときには打撃投手を命じられ、打席に入る順番は一番最後。しかも内野ノックには参加させてもらえず「外を走ってろ」と。


 俊夫が言ってたことが現実味を帯びてきた。

 本当に僕は干されてしまったのかもしれない……。



 そして六月に入り、夏の大会の組み合わせ抽選を迎えた。

 僕にとって最初で最後の夏。


 まさかソレをこんなカタチで迎えることになるとは夢にも思ってなかったが――。





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