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【020】 春季県大会開幕



 試合は四回まで進んでいた。

 二死ながらランナーを三塁に残して僕に打席が回ってきていた。


「いい風が吹いてるな」

 ネクストバッターの酒井が呟いた。

 風はライトからレフト方向に強く吹いている。右打者の僕にとっては追い風だ。


「ま、オレの基本はセンター返しだから。あんまり風は気にしないよ」

 そう嘯くとロージンを酒井に手渡した。



 春の県大会一回戦――。

 夏の大会のシードを決める意味でも重要な大会……だとばかり思ってたのだが、ちょっと信じられないくらいに緊張感のない試合だ。

 一塁ベースコーチの俊夫は相変わらず眠そうに目を擦ってばかりいるし、バックネット裏に陣取ったギャラリーもみんな退屈そうにアクビをかみ殺しているように見える。ジッサイ、僕も眠くないワケではない。

 そもそも今日の対戦相手……。

 よくコレで県大会まで出てこれたなという感じだ。少なくとも地区のブロックを勝ち抜いてきたんだろうから……上には上がいるが、下にも更に下があるってことなんだろうな。



 打席に向かいながらベンチを窺う。


〈OK。ナニもなし……と。〉

 いつもと同じように納村からの指示がナニもないコトを確認する。

 練習試合を含めて思ってたことだったが、納村って言う男はあまり『サイン』を出さない人らしい。

 いいか悪いかは別として、ソレが『自由奔放な茅ヶ崎湘洋打線』の源泉になっていると言っても過言ではなかった。

 そしてその方がこのチームに合っている……僕としてもそんな気がしていた。



 打席に入り、一番キャッチャーよりのところをスパイクで強く掻く。

 軸足の位置を固めると、ベルトのバックルを強く握りやや背筋を伸ばし、大きく息を吐く。

 そしてマウンドを睨みつけると、グリップエンドに小指をかけ、バットを構えた……意識してゆったりと。


 ぎこちない仕草でセットに入るピッチャーは、まるで僕の打席でのルーチンが全て終わるのを待っていてくれたかのようだ。


 やがてゆっくりと足が上がり投げ込んできた初球。

 ナニカに魅入られたように真ん中に入ってくるストレートに、僕はやや始動を遅らせ、思い切りバットを振り抜いた――。 









「いやあ、大勝、大勝――」

 部長の武田が珍しく興奮した面持ちでそう言った。

 春の県大会一回戦。

 僕らは序盤から得点を重ね、五回コールド16x-0で二回戦に駒を進めた。

 元々はスロースターターの僕らだったが、今年に入ってからは初回に得点するケースが増えている……もちろん僕が三番に入ってるんだから当然か。



「しかし絶好調だな、杉浦オマエ

 武田が僕の肩を揺さぶった。


「まあ、調子は悪くないスね」

 僕は遠慮がちに答えたが、武田は意味ありげな笑みを浮かべ何度も僕の肩を叩いた……ずいぶん上機嫌だ。


 確かに武田に言われるまでもなく僕は好調を維持していた。

 今日の試合を含めて、コレで三試合連続で先制打を放っている。

 しかしいくら打ったとは言っても、今日ぐらいのレベルのピッチャーが相手じゃ、結果についてはあまり参考にならないってことは自分でも判っていた。



「でもさっきの、スゲエ当たりだったな」酒井が唸った。

「コレで公式戦2本目だべ?」

 俊夫が指を二本立てて言った。

 

 公式戦2本目、練習試合を含めた通算では3本目となるホームラン。

 このあいだセンバツに出てた岡崎は確か通算52本って言ってたような……中学の通算では僕の方が少し多かったハズなんだが――。


 僕は人知れず首をすくめた。

 




***



「へえ。スゴイね」

 麻衣子はそう言ったが、言葉ほど凄い・・とは思っていないような口ぶりだった。

 だいたい野球を知らない彼女に僕の凄さ・・・・をどれだけ話したって伝わるハズもない。

 説明するだけ時間の無駄のように思えて、虚しい気分になる。


 僕は例によって麻衣子とファミレスに来ていた……試合結果の報告をするために。

 いつも不思議に思うのだが、僕が話をするあいだ、麻衣子が口を挟むことは一切ない。他の話題のときには僕の話を遮ることもしばしばなのに。

 ただ「口を挟まない」ということと「話をちゃんと聞いてる」ということは必ずしもイコールではない。

 彼女は僕が話すあいだ窓の外に視線を伸ばしたり、スティックシュガーの袋を結んだり解いたり……多分ほとんど聞いてないんだろうな、マジで。



「で、次はいつ?」

 彼女は言った。この台詞もいつも同じだった。


「次は……今度の日曜。ま、次も楽勝だべ」

 僕は言った。そしてこの台詞の後、の約束をさせられる。

 ところが――。


「今度の日曜って……19?」

 彼女はいつもと違う台詞をクチにした。


「そうかな?」

 僕は首を傾げた。

 アタマの中にカレンダーが入っているワケじゃないからよく判らない。


「その日って……誕生日なんじゃない、杉浦の」

 言われてみれば……すっかり忘れてたけど、確かにそうだった。


「完全に忘れてた……つうかどうでもいいしな」

 誕生日なんてまったくどうでもいい。なけりゃなくても僕は困らない。


「そんなことより、なんで知ってんの? おれ、言ってないよね?」

 僕は首を傾げた。

 しかし麻衣子はニヤリと笑っただけでナニも答えは返しては来なかった。



「そのお誕生日・・・・にはナニか予定はあるの?」

 麻衣子は笑みが浮かんだままの顔で言った。


「いや、だから試合が――」

「試合が終わってからに決まってるでしょ」

 彼女は笑顔のままピシャリと言った。


 そう言われても……来週のコトなんてまだ何にも決まってない。ま、強いて言うなら――

「そうだな。ま、酒井なんかとメシ食いに行くくらいか――」

「ないってことね」

 彼女は楽しげな表情で僕の言葉を遮ると、僕から目を逸らし、カップに手を伸ばした。


〈――ったく……最初から僕の答えなんて聞く気がなかったんだろうな〉

 僕は窓の外を眺めながら小さく息を吐いた。







 会計を済ませて外に出ると、すっかり陽が落ちていた。

 ちょうど一週間前にもこの時間にはやっぱり麻衣子とこの場所に立っていたが、その時よりも今日の方が肌寒さを感じない。もう春なんだなと思う。

 だんだん夏に近付いてるようで少しだけ落ち着かない気持ちになった。



「ねえ――。」

 麻衣子が上目遣いに僕を見た。

「ん?」

「その日は何か食べに行こうよ、奢るからさ」

 彼女はニッコリと笑った。

 

「え……いいよ」

 僕は考えるより早くそう応えた。

 ごく自然に出た、とくに意味を持たない言葉だった。


「……なんでよ」

 彼女は僕を睨んだ。


「え……いや、なんか悪いじゃん」

 僕は丁重に遠慮の言葉を述べたつもりだったが、彼女はとても不満そうだった。

 その顔に苛立ちが浮かぶのがハッキリと見て取れる。


「じゃあよ……割り勘でどう――」

「ダメ。」

 彼女はにべもなく言った。

「とにかく、その日はアタシがお祝いしてあげるわ。自分の誕生日も憶えてない可哀想な人だから」

 彼女はそう言うと、嬉しそうに僕の背中を強く叩いた。


「……ということで来週はバイクできてね」

「はあ? なんで?!」

「だって乗せてくれるって約束でしょ」

 麻衣子は当然といった態度だった。


「でもなあ……」

 約束は確かにしたが何となく気が乗らない。だいたい女をバイクに乗せるなんて……ちょっと僕のテツガクに反するし。


「あ。やっぱりそれもウソだったんだ」

 麻衣子がバカにしたような声で言った。

 

「は? それって何だよ。おれ、ウソついたことなんかねえべ?」


「さあ。どうかな」

 彼女はそう言って口角を上げたきり、なにも答えてはくれなかった。

 しかしその表情はドコか意味ありげで――。







 駅で彼女と別れてからも、僕は麻衣子の言葉が気になっていた。


 僕は正直な人間だと自分では思ってる。

 だからそんなに嘘を吐くような人間じゃない……わけじゃないが、あんまり嘘は吐かない方……でもない。

 考えてみれば思い当たるフシがいくつかあるってことに気が付いた。


「……。」

 ちょっと……ホントにちょっとだけだが自分に自信がなくなってきた。





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