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【003】 嘘と見栄


 秋季大会、湘南地区予選。

 僕らは湘南学館藤沢を12X-11で下すという大番狂わせで県大会出場を決めた。


 僕個人としては、最終回に同点タイムリーを放つなど4安打3打点。そしてサヨナラのホームを踏んだ。

 そのサヨナラタイムリーを放ったのは、僕と同じく途中から出場した鈴木俊夫。

 九回一死二塁から、右中間を破る一撃で試合を決めた。


 俊夫は七回にもタイムリーを放っていた。なかなか勝負強い男だ。

 それにしても、僕はともかくとして俊夫がレギュラーじゃない理由ってなんなんだ?……僕にはどうにも理解ができなかった。 





 そして二学期の始業式を迎えた。

 その日、全校生徒が集まった体育館で高橋先輩を見かけた。

 だけど話しかけることも歩み寄ることも僕はしなかった。当然ながら彼女も僕の視線には気付いていないと思う。

 


 夏の大会で負けたあの日、僕は彼女に自分の気持ちを打ち明け、間髪入れずに玉砕した。

 だけど僕はそれほどショックを受けることも、ナニかを引きずることもなかった。きっと最初っから結果がわかっていたからなんだろう。

〈――それなら、わざわざ確認する必要なんてなかったんじゃないか?〉

 僕はたまに自分に問いかけてみる。

 でも理由こたえは未だ見つかっていないし、深く追求する気もない。

 ただ……今となってはどうでもいいこと。

 このままずっと判らなくてもいいような気がしていた。





***



 その日の夜、僕は亮の家を訪れていた。

 練習を早めに切り上げて直行したのだが、到着したのは八時を回った頃だった。

 亮の住むマンションは、錦糸町と亀戸の中間にあった。




 杉浦おまえ宛ての手紙が来てんだけどよ――

 一昨日、亮から電話があった。

 藤堂さんから僕宛てに手紙が来てるらしい。

 届けようか? そう言ってくれた亮に、僕は「近々取りに行く」と答えた。

 それが今日になったというわけだ。



 久しぶりに会った亮の両親は、僕を見て「大きくなった」と驚いた。 

 僕としてはまだ足りないと思うくらいだったが、確かにこの一年でも背は伸び続けていた。

 まあ、従姉の幸子はその話になるたび「不経済な生き物だわ」と嗤って……いちいちカンに触る女でもある。


 亮の親……特におばさんは、懐かしそうに僕を見ては質問を浴びせ続けてきた。

 僕はソレに一つずつ丁寧に応え、それで気分をよくしたおばさんは更に僕を質問攻めにして――。


「もういいだろ。杉浦はオレに用があって来てるんだからよ」

 話に飽きた亮が口をとがらせた。

 ようやく解放され、亮の部屋に向かったのは、ココに着いてから一時間半以上経った頃だった。


 


「――取りあえず……そこらヘンに座ってくれよ」

 亮はそう言うと、机の上に無造作においてあった紙の束を手に取った。

 それをトランプのカードのように広げると、そのうちの一つを抜き取り、僕に差し出してきた。

 

 僕は受け取った手紙を照明に翳した。

「――読んでいいのか?」

「ああお前宛て・・・・の手紙だからな」

 僕は亮からの返事を待つことなく、封筒に指を……かけようとしたところでその手をいったん止め、封筒に顔を近づけた。

「あれ? コレ、開いてねえか……おまえ、読んだべ?」

「はあ?! 読まねえよ! つうか、言っとくけどオレはなあ――」

 亮は身の潔白を証明しようと息巻いている……まったくコイツは期待を裏切らない。ホントにからかい・・・・がいのあるヤツだ。


 僕は鼻息の荒い亮を横目に、封筒を開いた。

 中には便せんが二枚と写真が一枚入っていた。

 僕は便せんを広げ、懐かしい文字を目で追った。どこかワクワクする気持ちを抑えながら。





 しかし藤堂さんの手紙には、僕が期待していたようなものはなかった。

 ただ淡々と向こうでの生活が綴られているだけ……もっとも僕の貧弱な想像力では理解しきれないモノばかりだったが。


「何の写真?」

 亮は僕が手にしていた写真を覗き込んできた。


 写真はどこかの球場だった。

 しかし何の注意書きもないし、知ってる人もそこには写っていない。

「ここでやってんのか?」

「さあ……どうなんだろうな」

 亮は他人事のように言った。



――ガン、ガンッ!

 突然ドアを叩く音がして僕らは振り返った。するとドアが開き、おばさんが顔を出した。


「電話。麻柚ちゃん。」

 おばさんはそう言うと、亮に向かって電話を差しだした。


「ああ……杉浦が来るって言ってあったからな。」

 亮はそう言っておばさんから電話を受け取ると、通話口に向かって話しかけた。

 その所作の一部に、僕は微かな違和感を覚えた。


「――おお、いま替わるよ……」

 亮はそう言って電話を僕に渡してきた。

 僕は受け取った電話を耳に当てた。「あいよ――」

『また始めたんだって?!』

 僕の言葉を遮って飛び込んできた麻柚の声。懐かしい彼女の声が、僕の耳の奥の方を刺激した。

「……まあ、な」


 彼女と話すのは中学の卒業式以来。

 中学卒業後は、確か駒込だかそのあたりの女子高に通ってるハズだった。生活圏がまったく違うから、いまでは顔を合わせることすらマズない。


『お父さんも喜んでたわ。肩はもう平気なの?』

「ああ、全然問題ない……ハズ」

『けっきょく肩の怪我で野球辞めて、学校までやめちゃったっていうから心配してたんだ』

「は?」

『こんなに早く治るなら、辞めなくてもよかったんじゃないの?』

「……はあ。」

〈ナニを言ってるんだ、コイツは?〉

 何か微妙に会話が噛み合ってないような気がする。

 亮の顔を窺う――。

 僕の言いたいことが亮にも伝わったようで首を小さく横に振った。

 なるほど……どうやら彼女は僕らが辞めた本当の理由を知らないらしい。


『――ホントにもう痛くないの?』

 受話器の向こうからは相変わらず無邪気な声が聞こえた。

「……まあな」

『そっかー、よかったよ。ところで岡崎くんのこと聞いた? スゴイよね?』

「まあな」

 僕は適当な相槌を打った。

 アイツがスゴイのはよく知っている。

 秋の都大会の地区予選、三試合で計五本のホームランを打ち、都大会進出を決めているらしい。直接見に行かなくても新聞や雑誌が丁寧に教えてくれるから、ケッコウ詳しく知っている。


「ま、取りあえずオレは元気でやってるから。じゃ、元気ないヤツに替わるな……ほらよ」

 僕は適当に話を切り、亮に向かって電話を放り投げた。

 亮は一瞬、怪訝そうな目で僕を見たが、何事もなかったように受話器に向かって話しだした。


「――おお……判った、言っとくよ……ああ、……わかった。じゃ、また明日――」

〈ん?……また明日……?〉僕の右耳が反応した。


 亮はそのまま電話を切ると、コチラを振り返った。

「――またみんなで集まろう、だってよ」やや上気した顔で言った。


「まあそれはいいんだけどよ……言ってないのか? オレとおまえが辞めた理由」

「いや言ったよ……一応、怪我でって……」

 亮の声は消え入りそうだった。

「……お前はナンの怪我してんのよ」

 僕は鼻で笑った。

「え。え~と、腱鞘炎……?」亮は僕の顔を窺うように言った。


 くだらない。

 つうか、なんでそんなつまんない嘘を……腱鞘炎で『特待』を棒に振るヤツなんか聞いたことがない。


「でも、峰岸さんは本当のこと知っちゃってるだろ? つうことは麻柚にもバレちゃってんじゃねえの?」

「いや。ダイジョウブだと思う」

 亮はさっきと違って自信満々に応えた。

 まったくナニを根拠に……ホントにコイツだけはワケがわからんな。


「まあいいや――」

 僕は興味のないフリをして首を回し、部屋を見渡す。

 そしてその視線を亮の前で止めた。「――で、何よ。お前らって付き合ってんの?」


 僕の素朴な問いに亮は慌てふためいた……図星じゃん。


「……何で判った?」

「まあ、見てりゃ誰だって判ると思うよ、たぶん」

「そうか?」

 亮はアタマを掻いた。

「お前ナニ赤くなってんのよ?」

 手元にあったクッションを軽く投げつけた。



 僕は麻柚のことを特別意識したことはない。

 でも、意外な感じがした。

 麻柚は僕のコトが好きなんだろうと勝手に思っていたので……自意識過剰だった自分が少し恥ずかしいヤツに思える。



「でも……似合ってると思うけどな、お前ら」

 僕は本当にそう思った。

「……じゃ、そろそろけーるかな」

「え。もう帰んの?」

 亮の言葉に笑みを返し、僕はヘルメットを持って立ち上がった。


「悪いな。俺も女待たしちゃってるからよ――」





***



「またゆっくり遊びに来いよな……今度は彼女も一緒に、な?」

 亮は軽い調子で言った。

「……考えとくわ」

 僕はRZに跨り、エンジンをかけた。

「んじゃ、またな――」

 見送るアキラに軽く手を上げると軽くアクセルを吹かし、通りへとバイクを滑り込ませた。



 混雑したクルマの列をすり抜けながら、一つ大きく息を吐きだした。

 僕の『つまんない見栄』に付き合わせちゃったと聞いたら、彼女はいったいどんな顔をするんだろう……。

〈ぶん殴られるかもしれないな。〉

 一瞬、彼女の表情を思い出して頬を弛めた。

 しかしすぐにそれを掻き消すと、もう一度深く息を吐いた。



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