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【002】 Battle-stations,0-10 behind.


 

 秋季大会の湘南地区予選が開幕していた。

 

 初戦、僕らは大船西高校を4-2で下した。

 序盤に小刻みに重ねた得点を、エース・酒井が粘り強いピッチングでなんとか守りきった。


 次戦は湘南学館藤沢が大船西と対戦した。

 しかし、途中から見ているのが気の毒な展開になってしまった。

 五回コールド、23X-0――。

 もう野球の試合とは言えない得点差。しかもノーヒットノーランのおまけ付きだ。


 大船西の予選敗退が決まり、県大会出場権争いは二校に絞られた。来週、ウチと湘南学館藤沢が県大会進出を懸けて戦うことになった。

 


 僕はといえば……相変わらず出番がない。

 最近はそんな状況にも慣れつつあるような気がして、少しだけ危機感を覚えていた。 






***



「――というわけで……この回、点を取らないと終わっちまうワケだな」

 坂杉はそう言ったが、ドコか他人事のような口ぶりだった。

 それもムリはない。

 いま僕らが置かれている状況は、思わず現実逃避したくなるくらいに屈辱的なものだった。

 五回のオモテが終了して、0-10。

 この回、点が入らなければコールド負け。

 しかも湘南学館藤沢むこうは、四回からエース・大内を引っ込め、13番のピッチャーをマウンドに送ってきた。

 完全にナメられちゃってるよな……。


 こんな状況だったが、納村はベンチで腕を組んだまま、グラウンドを見つめているだけだった。

 さっきからひと言も喋らないのは、


1.試合に見入っている

2.ショックで声が出ない

3.気を失ってしまった

4.寝ている


 ……多分、2か3だろうな。



「とにかくよ。まず一点、なんとか取んべえよ」

 坂杉は自らを鼓舞するように拳を握りしめると、この回の先頭打者、六番・吉田に向かって「絶対に出ろ!」と厳命した。



 四回からマウンドに上がっている湘南学館藤沢の13番は、一年生の笹目。

 右のオーバーハンドから投げ込むストレートとカーブのコンビネーションは、見ていて感心するくらいに小気味いい。それになかなかキレが良さそうに見える。

 しかしさっきの回、ちょっと気になる仕草があった。

 まだ確信は持てなかったが、おそらく変化球を投げるときのクセ――。



 完全に見切ったワケじゃなかったが、このままじゃ確認しているあいだに試合が終わってしまう。ココは伝えるだけ伝えて、あとはそれぞれ打席で確認してもらう以外にない。

 僕はベンチを出て、ネクストバッターズサークルで投球練習を見つめている吉田に歩み寄ろうとした。そのとき――「スギウラァ!」

 ベンチからの声に振り返ると、いままで眠ったように動かなかった納村が立ち上がってバッターボックスを指さしていた。「――杉浦オマエ、代打」


「え。オレ……スか?」

 僕は自分を指さした。




 

 その瞬間は思わぬ形で巡ってきた。

 ついにやってきた僕のデビューは、コールド目前のピンチヒッターだった。






***



 ほぼ無風のグラウンドには強い陽射しが照りつけている。 

 秋季大会とは言っても、いまはまだ八月。

 立っているだけでも額から汗が吹き出し、頬を伝う感触が不快に集中力を散らしていく。



 僕は打席の一番キャッチャーよりのところを右足で強く掻き、軸足の位置を固めた。

 久しぶりの感触を愉しみたいところだったが、状況がそれを許してくれそうもない。

 右手でベルトのバックル部分を強く握りしめると、大きく息を吐き、ピッチャーに視線を送った。


 さっきの回に気付いたピッチャーのクセ――。

 それを打席で確認させてもらえるチャンスがあるとは思ってもみなかった。


 グリップエンドに小指をかけるようにしてバットを握り直す――

〈……なんか……思ったより落ち着いてるな、オレ……〉

 待ち望んでいた初打席なのに、それほど高ぶる気持ちもない。拍子抜けするほど冷静な自分……僕は首を捻りながら少し笑った。

 

 キャッチャーのサインを窺っていたピッチャーが小さく頷き、ノーワインドアップに入る。そしてゆっくりと足を上げた。

〈――ストレートだ。〉



――パシィィッ



 球審の右手が挙がった。

 外角いっぱいに決まった初球はストレートだった。

 打席で見るとそれほどスピードを感じない。投球フォーム的にもタイミングが取りにくいタイプじゃない。



 ピッチャーは既に二球目のモーションに入っていた。

〈また、ストレート。〉



――パシィィッ



 二球目もやはりストレート。

 初球よりやや高目に外れて、判定はボール。しかしコントロールは悪くなさそうだ。


 ゆったりとバットを構え直すと、既にピッチャーはノーワインドアップに入っていた。

〈――カーブだろ。〉



――パシィッ



 球審の手が挙がった。

 外角いっぱいに決まった球は、弓なりの軌道を描いたカーブ――。

 僕は確信した。


 ノーワインドアップのときの右手の角度――。

 ストレートとカーブで違っているのが打席からもハッキリと確認できた。

 おそらく握りの深さの違いからくる無意識なモノなんだろうけど……

 当然、本人は気付いてないんだろうが、キャッチャーも気付いてないんだろうか?

〈まあ所詮、『地方の強豪』レベルってコトなんだろうな……〉

 僕は小さく息を吐いた。


 

 そんなこととは知らないピッチャーはノーワインドアップに入った。

 自信ありげなその表情も、いまは寧ろ無邪気にさえ思える。



〈――悪いけど打たしてもらうね〉


 僕はバットを構えると、膝でタイミングを取り始めた――。







***



「よっしゃ、いけるいける!!」

 坂杉はレガースを取付ながら、少し上擦った声を出した。




 五回のウラの長い攻撃が終了した。

 この回、四連打を含む七本の長短打を集めて一挙六点を上げた。


 球種が筒抜けとなったピッチャーにはそこから立ち直るだけのチカラは残っていなかった。

 笹目をKOし、二枚看板の残る一人、初戦でノーヒットノーランを記録した背番号10、サウスポー・宮島をマウンドに引きずり出した。

 この試合初めて、相手ベンチを慌てさせた瞬間だった。



「ナイスバッティング――」

 振り返ると、酒井が立っていた。「――つっても一打席目は見てなかったけどな」

 酒井はそう言って強気な笑みを見せると、僕にファーストミットを押しつけ、マウンドに向かって走り出した。



 第一打席、先頭バッターの代打の僕はツーストライクツーボールからの五球目をレフトポール際に叩き込んだ。

 二打席目もセンター前にタイムリーを放ち、ここまで二打数二安打二打点。

 デビュー戦の途中経過としては文句のない数字……とは言っても僕らが攻略したのは三番手の一年生投手に過ぎない。


 現在四点差で、残り四イニング。

 そしてマウンドには湘南学館藤沢ののエース・宮島。

 厳しい状況だということに変わりはない。


 だけど……この試合はまだまだ終わってない――。


 そんな予感に後押しされながら、僕は使い慣れないファーストミットを片手にグラウンドへと駆けだした。





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