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【012】 autumn story



 神宮大会決勝は大詰めを迎えていた。

 近畿大会優勝の大阪・羽曳野学院と東海大会を制した静岡・静南大一高の決勝戦は、二対〇と羽曳野学院が二点をリードして九回のウラ、静南大一高の最後の攻撃が始まっていた。


 初回にあげた二点のリードを、一年生エース・用田の力投で守ってきた羽曳野学院だったが、あと一つのアウトを目の前に足踏みしていた。

 この回二死からショートのエラーで出塁を許すと、続く四番・垣内には左中間フェンス直撃のタイムリーを許し一点を失い、さらに内野の中継プレーがもたつく間にバッターランナーを三塁まで進めてしまった。


 ここまで一年生を中心にした勢いで勝ち上がってきた羽曳野学院。だが府大会を通じて初めての接戦となったこの試合、終盤の勝負どころで痛恨のミスが出てしまった。

 守勢に回った若いチームはいま、明らかにその脆さを露呈しはじめていた。


 用田はマウンド上で帽子を取り、天を仰いで大きく息を吐いた。

 同点のランナーを三塁に背負い、打席には今日二安打の強打者、五番・伊藤。

 今大会全試合で打点を記録しているクラッチヒッターとの対戦は、四打席目にして初めてランナーを置いた局面で迎えることとなった。



 ここで羽曳野学院ベンチが動いた。


「下園――」

 監督の名嘉村は組んでいた腕を解き立ち上がると、ベンチの最前列にいた選手を呼び寄せた。

 名嘉村は短い指示を下園に伝えると、背中をポンと叩いて送り出した。


 下園の背中を見送りながら、名嘉村は深く息を吐いた。

 背番号6をつけた下園は、名嘉村が全幅の信頼を置く今年の主将だった。

 今年の羽曳野学院において、彼は精神的支柱でもあった。本来であればこのピンチにもグラウンドで強い存在感を示してくれるハズだった――。

 この試合も下園は三番・ショートとしてスタメンに名を連ねていた。

 しかし一回の攻撃で、ホームに突入した際にクロスプレーで左手の小指を痛めてしまった。

 攻守の要でもある彼の離脱は、名嘉村の思い描いていたゲームプランを根底から狂わせることとなった。

 だが致命的と思われたアクシデントは同時に思わぬ収穫をもたらすことにもなっていた。


 実質一年生エースとして夏の甲子園にも出場した用田だったが、その抜群の投球センス故に手を抜くことが多かった。もちろん本人にそんな意思はなかったのだろうが、明らかに集中力を欠いた『不用意なボール』を投げるケースが多くあった。

 実際に強豪校との試合でも、チカラの劣る学校と試合をしてもいつでも失点は二点前後。

 負けたら終わりのトーナメントの『高校野球』では、安定感こそが大きな武器だという考えは否めなかったが、一年生とは思えない老獪なピッチングは、時としてチカラを出し惜しみする悪癖のように、名嘉村の目には映っていた。

 しかし……この試合の用田は違っていた。大黒柱を失った危機感が用田の投球を一変させた。 

 確かにこの決勝戦も一点を失っている。

 だがこの一点は「意味合いがまるで違う」と名嘉村は思った。ペース配分を考えない用田のピッチングは、ここまで14奪三振という数字にも表れていた。

 さすがにこの回は球威に衰えが見え始めていたが、精神的な踏ん張りを見せてくれている。そして最後の最後に迎えるバッターは強打者の伊藤――。


 名嘉村はマウンドを見つめ、静かにほくそ笑んだ。

 



 マウンドには用田を中心にした輪ができていた。

 不安げな彼らの縋るような視線は、ベンチから走ってくる下園の左手に注がれていた。

 大股でラインを跨いだ彼の左手には白い包帯が痛々しく巻かれている。

 主将が負傷と引き替えに奪った二点目――。

 その重さに気付いてしまった彼らはプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。



「――ったく、最後に盛り上げてくれてんなあ」

 マウンドの輪に加わった下園は、笑みを浮かべたまま大きく手を広げた。


 現在の羽曳野学院の内野陣はファーストとセカンド以外は一年生が占めていたが一様に硬い表情が並んでいた。

 特に下園に替わってショートに入った一年生の小柳は顔面蒼白だ。

 いままで代走としての出場しかなかった彼にとって、この決勝戦が実質のデビュー戦。緊張するなと言う方が無理な話だった。


「敬遠、スか?」

 用田が強ばった顔で呟いた。

「ああ。不満か?」

 当然だと言わんばかりの下園の態度に、用田は口を噤んで俯いた。

 彼に同調するように内野陣が押し黙る。

 

 下園は小さく息を吐くと、諭すように呟きはじめた。

「……まあ、これが夏だったら敬遠ソレ以外にないんだろうけどな……」

 意味ありげな笑みを浮かべて内野陣を見渡した。


「だが、まだ秋だ。いまから守りに入ってたら来年の夏に優勝なんてできるわけがない」

 穏やかだった下園が語気をやや強めると、用田に向き直った。

「いいか。ココだけは絶対に抑えろ・・・・・・。ナニが何でも点を許すな」

 それは鼓舞するような強い口調だった。

 用田は一瞬、驚いたように目を見開いたが、やがて口許にうっすらと笑みを浮かべ、力強く頷いた。

「それから小柳――。お前はもっと声を出せ。ボールを呼び込め。二年に気を遣うことなんかない。お前が試合を仕切るんだ」

 名指しで叱咤すると、笑みを浮かべて肩を叩いた。


「ま、そういうことで監督ナカさんには勝負するって言っておく。さっさと終わらせて焼き肉でも食いに行くぞ――」

 かけ声とともに内野陣は散り、下園はベンチに下がった。


 用田はベンチに目を向けた。

 監督の名嘉村は右の拳を胸に当て、大きく頷いている。用田も小さく頷き返した。

「――“仮想・杉浦”ってところだな」

 まだ残っていたキャッチャーの吉村がバッターを親指でさし、鼻で笑った。

「大丈夫だ。用田おまえの球は打たれない」

 吉村がミットで用田の胸を叩いてからホーム方向に走り出した。


 用田は後ろを振り返った。

 独り残されたマウンドから味方守備陣を見渡すと、不思議と気持ちがすうっと鎮まっていくような気がした。

 そして腰を屈めてロージンを指先でヒト撫ですると、バッターを見下ろす。


「……仮想・杉浦……か」

 吉村の台詞を口ずさむように繰り返すと、用田は不敵に笑みを浮かべた。

「……当然だ。オレが打たれるワケがない」


 







*****



「――じゃ、先に部室に行ってんぞ」

 俊夫の声に、僕は軽く手を挙げて応えた。

 放課後、授業が終わると近所のコンビニに直行する。


 練習が始まる前にハラになんか入れておかないと最後までもたない。一度、空腹のまま練習に入って貧血になりかけたことがある。

 かといって毎日ナニかを食ってたらとてもじゃないがお金がもたない。

 だから僕らは食パンを買う。十人くらいで食パン一斤を分け合い、コーラのペットボトルを買って回し飲みする。コレが結構ハラで膨れてくれて、コストパフォーマンスがよろしい。

 始めは抵抗があったそんな生活だったが、二ヶ月もすればだんだん慣れてくる。いまではローテーションで買い出し当番をきめるまでになっていた。

 

 今日の当番は僕だった。

 食パンとコーラをぶら下げて部室に行くと、坂杉たちがひとかたまりになってナニか雑誌のようなモノを広げて熱心に見入っていた……どうせロクなもんじゃねえだろな。


「――ったく、テメエらはナニ見てんのよ?」

 覗き込むと、坂杉が広げていたのは野球雑誌だった。

 奴らが熱心に読んでいたのは、先日行われた神宮大会の記事だった。


 明治神宮野球大会。

 一応、全国各地の秋季大会を制した学校が集まる全国大会・・・・だったが、普段ならあまり取り上げられることのない地味な大会でもある。

 しかし今年は注目の一年生バッテリーを擁する大阪の羽曳野学院が優勝したこともあり、ちょっとした特集が組まれていた。


 僕は彼らから雑誌を奪い取るようにして記事に見入った。

 記事のなかに知っている名前がないかを探していた……しかし、用田と吉村以外の名前は見当たらなかった。つまり他の奴らは出場できなかったってことだろう。

 少しだけほっとしたような感情が僕の中で湧き上がり、そんな自分にちょっとだけ失望する。

「でもホントコイツらってスゲエよな。とても俺らとタメだとは思えねえ」

 坂杉は呆れたように、何度も首を捻った。

 他の奴らも同調するように中途半端な笑みを浮かべて首を捻っている。


『吉村とバッテリーを組んでて用田と投げ合ったことがある』

 僕がそう言ったら、コイツらはどんな反応をするんだろう――少しだけ興味が湧いたが自重することにした。

 どうせコイツらは信じないんだろうしね。



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