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【011】 in the park



 東京に向かう国道は断続的な渋滞を繰り返していた。

 バイクで走っていても若干のストレスを感じるくらいに――。



 十月の秋晴れの日曜日。

 茅ヶ崎湘洋高校野球部は今日、他校を招いて練習試合を行うことになっていた。

 相手は名前も聞いたことのない公立高校。

 練習試合とは言っても僕は高橋先輩の隣に座って、彼女に言われるままにスコアブックをつける。

 最近ではもっぱらそれが僕の仕事。当然ながら僕が試合に出ることもない。

 だから……今日は風邪をひいてみた。

 風邪をひいたことにして東京に向かっていた。昔の仲間に会うために。



 横浜駅を過ぎて第二京浜と別れる。

 とたんに交通量が少なくなった真っ直ぐに延びる第一京浜が目の前にひらける。

 僕はスピードをあげた。

 それまでのストレスを発散させるようにRZのアクセルを煽った。

 

 

 都県境の橋に差しかかったとき、後ろから来たアウディに追い越された。思わずアクセルを乱暴に煽り、抜き返す。

 僕はいらだちを覚えていた。ドコか落ち着かない気分だった。

 久しぶりに会う友人を思い出して少し緊張していたのかもしれない。

 彼と会うのは約三ヶ月ぶりだった。

 しかし僕らを隔てたこの三ヶ月は、僕らが出会ってからの時間に匹敵するくらいに永く遠いモノに僕は感じていた。



 第一京浜を大井の先で右折し、首都高速をくぐると右手に競馬場が見えてきた。

 その先の橋を渡ると右手に広がる『中央公園』。

 待ち合わせ場所に指定したこの公園に到着したのは、約束の時間を十五分ほど過ぎた時間。しかし僕の目当ての顔はソコには見当たらなかった。

 僕は駐車場の入口を通過して二〇〇メートルほど進んだあたりでRZを路肩に寄せた。 

 エンジンを切りフルフェイスを脱ぐと大きく息を吐いた。


「……アノヤロウ。また遅刻か……?」

 独り言が口をついて出た。

 尤も遅刻っていう点については僕も偉そうなことを言えた義理じゃない。


 ふと空を見上げた。

 羽田を飛び立ったばかりの飛行機が轟音をまき散らしながら、だんだんと小さくなっていく――。

 そのとき飛行機の音に紛れて野太い排気音が聞こえてきた。

 後ろを振り返ると黒いバイクが近付いてくるのが目に入った。バイクのは小さく手を挙げると、僕のRZの横にピッタリと着けて、停まった。

 耳障りなメカニカルノイズ――バイクはGPZだった。

 男は一度大きく空吹かしするとエンジンを切った。

 黒地にシルバーのラインが入ったフルフェイス、シールドには薄いスモークがかかっていて表情までは窺えない。ジーンズに黒いスイングトップ、左の袖には『SIMPSON』の赤い文字――。

 



「セーフ……だろ?」

 男はフルフェイスを脱ぐと、戯けて小さく手を広げた。

「完全にアウトだろ。何分過ぎてると思ってんだよ」

 僕は時計をしていないことも忘れて左手を指さした。


「いや、ホント悪い。猫にエサやってたら遅くなった」

 彼は顔をほころばせた。

 理由とも言えないような言い訳を宣う彼に僕は小さく息を吐いた。呆れたともほっとしたともどちらとも言えない微妙な感情がわき上がっていた。


 相変わらずズボラでマイペースでそして……少しだけ僕の心を和ませてくれる。

 藤堂亮トウドウアキラとは小学生のころからの付き合いだった。

 コイツとコイツの兄貴、この二人が僕に硬式野球を始めるキッカケをくれた。コイツがいなかったら中学時代の僕はなかった。




「久しぶりだな。いつ以来だ?」

 亮が呟いた。僕らはバイクを路上に残したまま歩き出していた。

「明桜を辞めてからははじめてだろ。会うのはな」

 僕が口にした名前に、亮の表情は硬くなった。

 かつての戦友・・は表には出さないが、きっと僕と同じキズを抱えている。


 中学卒業後に僕らが進んだ西東京の強豪・明桜学園は今年の夏、甲子園で準優勝をしていた。だが僕らが退学となったあとの話だからあんまり関係ないし、嬉しくもなんともない。

 

 テニスコートの脇を通り抜けると野球のグラウンドが見えた。

 覗き込むと人集りができているのがわかった。


「お、試合やってんじゃね?」

 亮はそう言ってグラウンドに駆け寄ると、「見ていこうぜ」とグラウンドを親指でさした。


 グラウンドにいたのは小学生だった。

 軟式野球チームが試合をしているようだ。

 僕らはバックネット裏に陣取る父兄たちの間に腰を下ろした。


「大会かなんか、スか?」

 亮が隣にいるオジサンに声を掛けた。

 オジサンは『なんとか杯』とかいう誰かの名前の付いた小さな大会だと教えてくれた。




 試合は終盤を迎えていた。

 六対四で三塁側のチームがリードしているみたいだった。




「なかなかの接戦じゃん」

 亮は上機嫌で話しかけてきたが、それに対して僕は気のない相槌を打った。

「で――ハナシってなによ?」

 亮が呟いた。その目はグラウンドに向けられたままだった。

 僕が亮を呼び出した理由――野球を再開したことを報告するため。

 コイツにだけは報告しなきゃいけないような気がしていた。

 しかし、亮にソレを伝えるのは簡単なことではなかった。僕の巻き添えを食ったような形で野球を断念した彼にどう話したらいいのか……僕は考えがまとまっていなかった。




 グラウンド上では、リードしている三塁側のチームがピンチを迎えていた。

 一点差に迫られ、尚も二塁にランナーを残している。

 マウンドの小柄な少年は、リラックスしようとするように軽くジャンプを繰り返すと、バッターに向き直り大きく息を吐いた。




「また……始めることにしたんだ」

 意を決して言った。

 足元に目を落としたまま、言葉を絞り出した。


「ああ……そうらしいな」

 あっさりとした亮の言葉に、僕は顔を上げた。

「麻柚に聞いたよ」

 亮は僕を横目で見て笑った。


「すまない……」

 僕は頭を下げた。

「やめろよ。らしくもねえ……」

 亮は掌で払うような仕草をして顔を背けた。


「それより、杉浦おまえはどっちが勝つと思う?」

 グラウンドの方を顎でしゃくった。




 グラウンドでは、ピンチを脱した三塁側のチームが小躍りしながらベンチに帰ってくるところだった。

 これから最終回の攻防が始まる。




 両ベンチを見比べると、僕は無言で一塁側ベンチを指さした。

「へえ。じゃ、オレはコッチ」

 亮は三塁側を指さして笑った。



「そういえば、峰岸さんも喜んでたぞ」

 僕はなにも答えなかった。

 峰岸さんが喜んでいたのは僕もよく知っている。何度も電話をもらってたし。

「責任カンジてたみたいだしな」

「なんで?」

「さあ。一応、紹介した手前、気になってたんじゃねえか」

 僕は何も応えなかった。

 亮は勘違いしている、というより知らないのだ。

 僕が明桜学園を選んだ理由……少なくとも峰岸さんに勧められたという理由ではない。

 



 グラウンドでは、七回の守りを三人で切り抜けた一塁側のチームがサヨナラのチャンスを迎えていた。

 一死後、連続四球で得点圏に走者を進めている。

 ピッチャーは肩で息をしている。完全にスタミナが切れているように見える。

〈なんで替えてやらないんだろ……?〉

 僕は三塁側ベンチを覗いた。

 バットケースの横で腕を組んでいるオジサンが監督なんだと思うが、動く様子はまるでない。




「――投げてんのか?」

 亮は僕の方を見ることなく言った。

「いや。まだ……つうよりも――」

 僕は野球を再開した経緯いきさつと、チーム内における『僕のポジション』を簡単に話した。


「――マジで? マネージャーかよ……」

 亮は呆れたように言葉を吐きだした。

「いや、マネージャーの助手・・だ」

「同じようなもんだろ。でもそのマネージャーってのもスゲエな。杉浦おまえを手なずけちまうんだからな」

 今度は感心したように言った。

「べつに……そういうワケじゃねえけどな」




 いま、目の前の試合が終わった。

 四球とエラーで招いた二死満塁のピンチ。ここで最後のバッターが放った打球はセカンドへのフライ――。

 しかしこれを二塁手が落球してしまった。

 その間に、二者がホームを駆け抜け、まさかの逆転サヨナラ。一塁側のチームが薄氷の勝利をものにした。

 二塁手の子は泣きじゃくっていた。

 釣られるように他の選手たちも嗚咽を漏らし始めた。

 しかし、ピッチャーの子だけは泣いていなかった。さっきマウンドで見せていた勝ち気な瞳はそのままで――。

 僕は思わず頬を弛めた。あんな瞬間が僕にもあったような気がする。




「でもよ――」

 亮が呟いた。「なんか安心したよ。お前の話を聞いて」

 僕は何も応えず、視線だけを亮の方に向けた。

「お前はオレとは違うんだし……続けるべきだろ。それに――」

「なんか楽しそうだ。いい表情かおしてるよ」

 照れたように鼻を掻いた。

「お前……。ヘンなモンでも食ったんじゃねえだろな?」

 僕は亮の頬を拳でグリグリと押した。

 それでも亮はドコか楽しげだった。気を遣ってた僕が間抜けに思えるくらいに。


「それよりおまえはどうなんだよ」

「ん? オレか――」

 亮は一瞬、首を傾げた。

「オレのことはいいよ。別にナニも考えてないってワケじゃない」


 亮は嘯いたが、コイツが何かを考えているとは到底思えない。

 ただコイツの実力を僕はよく知っていた。その才能を僕は高く評価していた。ソレがこんなかたちで人知れず埋もれていってしまう……。

 その可能性について考えるたび、僕のなかで小さな罪悪感がアタマを擡げていた。

  





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