魔法の世界は恐怖の世界
「貴様、大人しくしないか!」
「イヤァ!!イイヤァァァ!!!」
部屋の片隅にある檻の中から悲鳴が響いてくる。アライリー王国王立魔法学園生徒指導部長のモルタは書き物をしていた手を止め、口の中である呪文を詠唱する。
スッ………と。
彼の感じる世界は、嘘のように静かになる。
魔法により、自身の周囲の音を遮断したのだ。
彼はまた、手元の書類に筆を走らせ始める。筆先が紙に擦れる音もしない。部屋は静寂に包まれる。
だが、実際には悲鳴は続いている。
耳を塞ぎ目を背け、自分にそれが見えないようにしているだけなのだ。
仕方ない事なのだ。
誰もが魔法という超常的な力を持つこの世界では、たったひとりの人間が全人類を滅ぼしうる。事実、伝説では古代に存在した【愚者の帝国】は、精神を病んだある奴隷身分の少年が理性を失い、自らの内にある魔力を無制限に暴走させた結果、【罪の雲】と呼ばれる異常気象が全世界に広がりそこから千年に渡って猛毒の雨が地に降り注ぎ、地上の生きとし生けるものすべてを死に至らしめたことで滅亡したと伝えられている。
そこで、現在では、世界が二度と【帝国】のような愚かしい最期を遂げることの無いよう、人は生まれたその瞬間から魔力を抑制し、制御する術を学ぶことを宿命づけられる。そして、その性格や情緒に少しでも問題があると見做される場合は、モルタのような、既に適切な「教育」を受けた大人達の手によって「排除」される。
それが、この世界。