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有難い言葉

 大蔵は胸を反らして、


(ぶん)てものは、ちゃんとわきまえなきゃなんねぇ」


 眉間に深い(しわ)を寄せた。


 この真面目な馬丁(ばてい)の言い分は、もっとものことである。

 人にはそれぞれの領分(りょうぶん)というものがあるのが、この世の常識だ。

 下人は下人らしく地に伏せ、殿様は殿様らしく胸を張らねばならない。

 それなのに、先ほどの女衆――大蔵はその顔を今日初めて見たし、名前も知らない――は、あろうことか若殿様に意見をしたり、あるいは不機嫌な顔を見せたりした。相手が短気な殿様であれば、()(うち)ちになっていてもおかしくはない。


 源三郎は大蔵の不満顔を見て、薄く微笑した。


「だが私には、あの女衆が伝えてくれた言葉が有難かった有難かった。あの女衆の働きが嬉しかったのだよ」


「へぇ?」


「私はな、大蔵……。

 私は、私の所に大切な話を持ってきてくれる者であれば、誰の事でもありがたいと思うている。

 私を助けてくれる者、(みちび)いてくれる者、(たしな)めてくれる者、そういう人々は、誰であろうとも(たっと)い。

 農婦でも、足軽でも、馬丁でも、忍者(くさ)でも、侍でも、公家でも、下人でも、子供でも、老人(としより)でも、譜代(ふだい)の家来でも敵の落人(おちゅうど)でも、私を助けてくれる人ならば、誰であれ手を合わせて拝みたくなる」


「へ……へぇ」


 若殿様が尊いと言った人間の中に馬丁(じぶん)が含まれていることが、大蔵には大層な驚きであった。そして嬉しかった。にやけそうになったが、主人の前でヘラヘラと笑うのは良くないと考えて、なるのをどうにか(こら)えた。堪えたがために、引き()れたような顔になっている。

 その大蔵へ、源三郎は馬上から、


「それでな、大蔵。お前は私の組下になってからまだ日が浅いから知らなんだろうが、あの女衆(おんなしょ)はな……」


 言いつつ、指で大蔵に近くへ寄るように示した。

 恐る恐る立ち上がった大蔵が、恐る恐る主人の近くに寄ると、源三郎は身をかがめて大蔵の耳の近くまで口を寄せて(ささや)いた。


「あの女衆(おんなしょ)は、私の奥方様なのだよ。つまり、私は()()の尻の下の敷物なのだ」


 大蔵は目玉が落ちそうなほどに目を丸くした。源三郎は楽しげに高笑した。

 満面笑み崩したまま、


「さて、砥石城へ行こうか。今日は忙しくなる」


 真田源三郎信幸は、()(づな)()って馬首を北に向けた。

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