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わきまえ

 大蔵は顔を上げたまま源三郎へ語る。


(おら)とは川西(かわにし)東郷(とうごう)の生まれで、今でも本家筋の家はあっちの方で続いているという話ですが……。へぇ、(おら)の先祖という人は、昔はあっこらにおいでた(うら)()様たらいう殿様の馬の口取りをやっておりやしたそうで。へぇ。

 そんで、うちの祖父(じぃさま)(こう)(りゅう)(にゅう)(どう)様の時に()(いえ)に拾って頂きやして、それから祖父(じぃさま)父親(とっつぁま)砥石(といし)のお城でずっと馬を飼っておりやしたでございます」


 (こう)(りゅう)(にゅう)(どう)俗名(ぞくみょう)を真田(だん)(じょうの)(じょう)(ゆき)(つな)という。

 幸綱は(たけ)()(はる)(のぶ)に仕えていた。この(あるじ)が出家して(とく)(えい)(けん)(しん)(げん)の法名を名乗ったとき、彼もそれに従って出家し、以降、(いっ)(とく)(さい)(こう)(りゅう)を名乗った。

 真田氏の礎を築いたこの真田幸隆入道幸綱こそは、真田家現当主・安房守(あわのかみ)(まさ)(ゆき)の父親であり、従って源三郎信幸(のぶゆき)にとっては祖父ということになる。


「それでこの度はお前が、砥石城に入る私の麾下(した)に組み込まれた、というわけか」


「へぇ、ほいで、こうやって若殿様の馬の口を取れるなんて、ありがてぇことになりやした」


 大蔵は深々と頭を下げた。

 身分の上下に厳しかった時代である。

 自分のように身分の軽い者が、領主の若君と直接言葉を交わせた――それは、大蔵にとっては喜びであり、誇りともなった。

 しかし大蔵が下げた頭を持ち上げ直したときには、先ほどまでは喜色にあふれていた顔に雲が掛かっていた。


「それにしてもなんて()(とど)きな(おんな)(しょう)だ」


 ほとんど聞き取れないような小声だった。太蔵は声にしようとは思っていなかったのだろう。無意識に口を突いて出た言葉だ。

 だから源三郎に、

 

「不届きな女衆とは、今、走って行った(おな)()のことか?」


 と尋ねられた大蔵はひどく驚いた顔で、


「へぇ」


 目を(しば)(たた)かせた。

 源三郎は、先ほど氷垂(つらら)が走り去った方角をチラリと見て、


()()は、それほど不届きか?」


 口元に微苦笑を浮かべている。


「不届きでございます。若殿様の前であんな口の()()()()をするのは、不届き者の他の何者でもありやせん。とんでもない乱暴者(ごったく)だ」


 自分の語る言葉で、大蔵は怒りが掻き立てられたらしい。


第一(デェチ)百姓(ひゃくしょう)女子(おんなご)が若殿様の前で頭を持ち上げて、()てて(クエ)えてお顔を拝したりするだけでも、そりゃへぇ、無礼でござんしょう」

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