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出陣

 その日、杉原(すぎはら)四郎兵衛(しろべえ)とその徒党数名は、夜明け前に出奔(しゅっぽん)した悟円坊(ごえんぼう)……いや、真田の忍者(くさ)・五助以外は、ことごとく捕らえられた。


 ◇◆◇


 真田源三郎隊の大砲(おおづつ)(ちょう)と足軽十名と、真田源二郎隊の大砲五挺と足軽十名は、五助が、


「抜け出す」


 と報せてきた明け六つの一点(日の出の三十分程度前)を少しばかり過ぎてから、大法寺を出た。


 進むべき道が西と東に分かれようとする分岐点で、部隊は小休止を取った。源三郎は兵士達の顔の一つ一つを確かめるように見回す。


「今一度、念を押すぞ。

 お前達は各々の道の途中にあるという(やしろ)に留まるのだぞ。

 道のりを考えれば、私の部隊の方が先にそこへ付くだろう。四半刻((およろ三十分))ほど刻を置くことにする。

 源二郎の部隊が社に着いた頃合いを見計らって、我ら兄弟は山頂へそれぞれに向かう。

 我らの出立から小半刻((約四十五分))程経った頃合いに、鉄砲隊は用意の弾丸(たま)抜きの早合(はやあい)で空に向けて空砲(くうほう)を撃て。

 そのほかの者は、何でも良いから大きな音を立てるように。(にな)い箱やら陣笠(じんがさ)やらを打ち鳴らし、木々を揺さぶり、吶喊(とっかん)するのだ。

 それを私が合図するまで続けよ」


(おう)


 兵達は真面目顔で答える。

 ただ一人不満を表に出している者がいる――氷垂(つらら)だ。

 健脚自慢の源三郎の奥方は、夫と一緒に山頂まで向かうと言って聞かなかったが、結局は押しとどめられた。


 源三郎は彼女に、


「抜け出てくると言う五助を落ち合って、共々、先に上田城へ戻るように」


 と指示した。


「あたくしが若様の足手まといになるとでも(おっしゃ)いますので?」


 乙御前(おたふく)の面のように頬を膨らませた氷垂(つらら)へ、源三郎は、


「逆だ。私がお前の足に追いつかない」


 真面目顔で言ったものだ。

 背後で源二郎が肩を小刻みに震えさせていた。


「お前に来てもらえぬ代わりと言っては何だが……」


 源三郎は氷垂(つらら)が首から提げていた法螺貝(ほらがい)を取った。


「これを合図に使う」


 兵達に向かってそう言った源三郎へ、氷垂(つらら)が、


「若様が、法螺貝をお吹きになられましょうや?」


 少々いたずらげな笑みを投げた。その顔が、


『若様が吹けないなら自分が付いていって吹きますよ』


 と語っている。


「これでも『吹く楽器』の(たぐい)いは、割と(わりかし)得意なのだよ。ま、()()()()ほどに(うま)くはできぬだろうけれども、な」


 源三郎も氷垂(つらら)へ少々いたずらげな笑みを投げ返した。


 源三郎と源二郎は馬に乗って出立した。騎馬で行けるところまで行き、急坂になったら、馬はそれぞれの馬丁に預け、後は徒歩で登って行く心づもりである。


 かくして源三郎隊は東側の山道に入り、源次郎隊は西側の山道へ向かい、氷垂(つらら)は寺に残って五助翁を待つこととなった。

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