弾抜きの早合
頭の中に道を思い起こし、指で時間を数えたり、右や左を指す身振りをしたり、言葉を選び、突っかかり突っかかりながら言い終えると、太蔵はまた頭を深く下げた。
「なるほど、解った」
源三郎が膝を打つ音を聞いて、大蔵は主人の顔色を窺い見ようとした。
だがその時にはもう、源三郎は立ち上がっていて、大股に下座へと向かって歩き始めていた。
若殿様がこちらへ迫って来る、その足だけが大蔵の目に映った。
大蔵は頭で床板を叩き割るかのごとき勢いで、深く深く平伏した。
『若殿様が優しいからつい甘えて、調子に乗ってべらべらと喋ってしまった。さすがに叱られるに違ぇねぇ』
と思った。焦りで脂汗が吹き出して、脇がねっとりと濡れている。
「お……俺、でなくて……せ、拙者の言った……もも、申し上げました事は、若殿様のお役に立ちますでしょうか」
震える太蔵に、源三郎は一言、
「立つ」
強く言い切し、大蔵の真正面へどかりと座った。
「して、その山道に、休むところはあるか?」
下問する源三郎の声音は強いが、怒気は含まれてない。
「ご……ございやす。
こっちの……お寺の前の道から入る方は、途中に駒弓明神さまの『下の宮』がございまして、それから、ほぉ、あっちの……その村松の方から入る道には『里の宮』がございやして、どっちも境内は、へぇ、結構な広さでございます」
「よし。有難い話を聞いた!」
よく磨き上げられた滑らかな板の間で、源三郎は突いた尻を軸にして、ぐるりと身体ごと真後ろ、つまり足軽衆と弟・源二郎が居並ぶ方へ向き直った。
「皆も聞いたな?
これより隊を二つに別け、それぞれ私と源二郎とが率いることとする。
まあ、今日丸子城から来た者はそのまま私の下、上田城から来た者たちはそのまま源二郎の下に着いてもらえば良かろう。
で、鉄砲方はそれぞれ早合をたくさん作っておくように」
紙や皮を筒状にしたところへ、推進用の火薬と弾丸を詰めたものが早合だ。
火縄銃の発砲手順は煩雑極まりない。
まず火縄に火を点ける。これを火縄通しに挟む。
銃口から推進用の胴薬と呼ばれる少量の火薬と弾丸を流し入れる。それを槊杖と呼ぶ細長い棒で銃身の奥へ突き固めたら、内部で銃身へつながっている火皿へ口薬という着火用の少量の火薬を入れて、暴発防止のために火皿の蓋を閉じる。ここまでが準備段階だ。
実射するという段になって火蓋を明け、狙いを付けて引き金を引く。火挟みが撥条に弾かれ、火皿に打ち付けられる。火は口薬を燃やし、銃身の中へ燃え進む。やがて胴薬へ着火。爆発が起きて、銃弾が放たれる。
胴薬と弾丸をそれぞれ銃口から流し込む二手間を、適量の火薬と弾とをあらかじめ一つにまとめた早合を使うことによって一手間に減らせる。
ところが源三郎は、
「ただし、弾は入れるな」
と言った。
「つまりは、大きな音が鳴れば良いのだよ」
とも言う。
鉄砲足軽達は不審がった。
氷垂も小首を傾げている。
座の中でただ一人、源二郎だけが笑っている。
「やはり兄上の所へ来て良かった。越後へ行く前に面白い目ができる」
そして日は沈み、夜は更け、明ける。
やがて旧暦九月になるというのに、酷く蒸し暑い朝が訪れたのだ。