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二人の侍

畜生(チクショウ)っ!」


 四郎兵衛方にはもう「(つわもの)」は一人たりとも残っていなかった。

 今この子檀嶺(こまゆみ)(だけ)の山頂にいるのは、戦に巻き込まれた無力な人間だけだ。

 刀を取る気概(きがい)も、石礫(いしつぶて)を投げる勇気も失った者たちだ。

 ほんの(わず)かの、勘定(かんじょう)するのに片手で十分な、腹を空かせた人々だけだった。


 ただ二人、杉原四郎兵衛と、次郎太を除いて――。


 四郎兵衛は()った。

 腰が立たないが、自分の建てた「城」へ向かって()い進んだ。

 崩れた「城」の、屋根なのか壁なのか判らなくなった(むしろ)の中をまさぐって、誰のものだったのか判らない刀を掴み出す。

 刀身を抜き、(さや)を投げ捨てた。


「四郎、何をする気だ!?」


 次郎太は慌てた。従弟(いとこ)が自害でもするのではないかと思った。

 だが四郎兵衛の答えは違った。


(いくさ)だ、戦をやる!」


 次郎太には予想もできない答えだった。


「おまえ……戦なんかやらねぇって()ってたじゃねぇか! そんなモノはやる必要がねえって!」


「あン時は、そういう策だった。でも、今はやる。やんねばなンねえんだ」


 四郎兵衛は抜き身の刀を(つえ)にして立ち上がった。


「無茶だ! 連中がどれくらいの人数か判らねぇが、たとえ百でも……いいや、ほんの十でも、俺達()()きりじゃ勝てるわけがねぇよ」


 次郎太は四郎兵衛の足に取りすがった。ボロボロと涙を流して()いている。

 四郎兵衛は次郎太を見なかった。湧き上がってくる敵方の気配をにらんでいる。歯の根が合っていない。


「次郎(あに)ぃは、逃げていい。いや、兄ぃは他の連中を連れて、逃げ落ちてくれ。

 どうせ負けるなら、()()にするヤツは少ない方がいい」


「何を()ってやがる。お(めぇ)一人でどうするってンだ?」


武士(サムライ)は、最後まで戦う(もん)だ」


 四郎兵衛は笑った。

 青い顔をして、奥歯をガタガタ鳴らしながら、精一杯の笑みを、精一杯の強がりを、次郎太に向けた。

 四郎兵衛の覚悟が、次郎太の胸を射貫いた。

 次郎太は四郎兵衛の足から離れた。

 彼の「主君」がしたのと同じように、這いずって「城跡」に戻った。

 筵の中を掻き回すと、古びた(こしら)えの打ち刀が出てきた。

 次郎太はよろよろと立ち上がって、刀を抜いた。


殿()()よ、お前さまが武士だってンなら、俺も武士だ。武士なら敵に背中は見せられん」


 恐ろしくて涙が止まらない。鼻水を流しながら、それでも次郎太は刀を構えた。


「わかった」


 二人は背中合わせに立った。互いに寄りかかりながら、互いの背後を守った。


(はさ)()ちにされてる」


 四郎兵衛が言うと、次郎太はうなずいた。

 四郎兵衛は北東を向き、次郎太は西南を見た。

 険しい山の前後から、敵は、ほとんど同時に現れた。


 その数は……二人だった。

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