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小賢しい殿様

 火に(あぶ)られて大汗をかきかき、経文(きょうもん)なのか祭文(さいもん)なのかわからないものを唱えている悟円坊の姿に、四郎兵衛はずいぶんと感動し、心服したようだ。しかし、次郎太から見たなら、


『どんな山寺の坊主でも、毎朝の勤行(おつとめ)に香を()いてお経を唱えるでねぇか。別段変わったことでもねぇ。普通(なみ)のことだ』


 普通のことを普通にやっているなら、襤褸(ぼろ)を着た白髪交じりの(ほう)(はつ)の修験者よりも、今は参ることもできない故郷の小さな菩提寺(ぼだいじ)で父母の墓を守ってくれている若い寺僧の墨一色の法衣(ほうい)とそり上げられた青い頭の方が、よほどにありがたいではないか。


 次郎太はちらりと城の出口あたりを見た。(むしろ)の隙間から見える闇の中で、悟円坊が朝の勤行(おつとめ)の支度をしている気配がする。


「それだから、どうしたって()うんだ」


 視線を戻した次郎太に、四郎兵衛は子供じみた笑顔を突き付けた。


「だからよ、真田が大負けに負けるより前に、俺達は徳川方に付いたってことにするわけだ。

 そのために、兵糧をかっぱらいに……(ちょう)(しゅう)しに行った連中に、

『俺達は真田の仲間じゃねぇ、徳川様に身方する』

 って()って回らせたんだ。

 始まる前に触れ回っておけば、真田が負けた後に徳川が目を付けてくれる。

 周りの連中が真田に付いてる中で、俺達だけが小人数で反抗してたとなりゃぁ、そりゃもう、

『たいした、でかした』

 とお褒めの言葉だってもらえるさ」


「そんなもんですかね」


「そんなもんさ。ほれ、(まる)()年寄(じぃやん)……(へい)(ない)つったか?

 あれは真田に付いたんで、徳川様の()()()に攻められてる。馬鹿な年寄(じぃやん)だ」


「丸子衆は真田方か」


 そりゃ当たり前だろう、という言葉を口に出すことを次郎太は止めた。


 丸子城の今の主は丸子(さん)()()(もん)という。平内は三左衛門の父親で、とっくに隠居している。

 丸子家も元は武田の臣であった。つまり真田昌幸の同僚だった。

 武田が滅亡したときに、丸子家は真田家を頼った。お陰で所領を安堵された、という経緯があるから、徳川が攻めてきたとなればまずは真田に付くのは当然のことだ。


 四郎兵衛は血走った目に力を込めている。


「攻められて負けてから降った奴には出世は見込めねぇよ。

 どれだけ真田に恩義があるかしらねぇが、徳川様の大軍にに楯突(たてつ)くようなことをしなければいいものを……。

 一方、俺達は最初からお身方してるんだ。脈はある」


 言いながら拳を硬く握って上下に振る。己を己で鼓舞しているように、次郎太には見えた。


「お前様と来たら、()(ざか)しい()殿()()だよ、まったく」


 半ば呆れ、半ば感心し、次郎太は吐き捨てるように言った。

 その苦笑の浮かぶ顔へ四郎兵衛が言う。


「次郎太郎の()()()よ、その小賢しい()に、何でわざわざくっついてきた? お前様も最初から『真田は負ける』と踏でるンだろう?」


 生臭い息が、熱を帯びていた。

 次郎太は目をそらした。屋根の隙間から空を見上げる。

 満天に、星が瞬いていた。

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