取らぬ狸
「いいか、あの連中は落ちてきた源氏の傍流の滋野氏の、そのまた傍流の海野氏の、そのまたまた傍流を騙っているだけの田舎侍だぞ。
そいつが上杉や北条や徳川なんかと張り合ってることを、お前はどう思う?」
「嘘でも騙りでも、他の連中を納得させられる話ができるだけ、俺達よりはましって事じゃないですかね。
なにしろ、俺達は曾祖父より先をたどれるかどうか怪しい身の上だ。
その爺さま達からしても、この辺の領主が変わる度に、その新しいお方に頭を下げて、槍を担いだり馬の口を取ったり、荘園の税を取り立てたりする仕事を回してもらって、どうにかお飯にありついてたたわけでね。
それがどうですよ。あちらはそれより先の先祖からして、小さいながらも領主をはってたって事がわかってる。
それが嘘っぱちだろうが騙りだろうが、少なくともたどれる系図がある。
その分、あっちの方が格が上なんですよ」
煮詰まってドロドロとしている何かが入った鍋を掛けた炉の煙が、屋根の隙間から抜けてゆく。
四郎兵衛は黙っている。黙って、この掛け小屋の「城」の中を見回している。
喋らない殿様に、次郎太は溜息混じりに問う。
「……大体、お前さまは、本気で真田に楯突き続ける気ですかい? なにしろあっちは、少なくとも徳川様と戦おうって気持ちになるだけの人数はそろってるんだ。
ところが俺達と来たら、両手で数えて少しばかり余る程度の頭数しかいねぇんですぜ?」
「なに、これだけいりゃぁ十分だ」
四郎兵衛が薄く嗤うのをみて、次郎太は首を傾げた。
元来、四郎兵衛は単純な人間だ。表裏がないから、付き合いやすい。
だが今の四郎兵衛は違う。
夜明け前の暗がりの中で目の前にいる襤褸を着た殿様が何を考えているのかが、次郎太には読み取れない。
「真田安房守ってぇのは武田信玄入道の直弟子でございましょう? たいそうな戦上手だってハナシが、俺なんかの耳にまで聞こえてますぜ」
次郎太の不安声を聞いた四郎兵衛の顔のいびつな笑みが大きくなった。
「戦は、やらん」
にんまりと笑う。
「何だって?」
四郎兵衛がどんな企みを持っているのかがさっぱり判らない。次郎太は丁寧口調を繕うことができなくなった。
「そりゃ、どういう意味だ」
「戦なんぞやらんでも済む」
「だから、どういうことなんだよ?」
次郎太の眉間に刻まれた皺を見た四郎兵衛の笑みが……顔のゆがみが……大きくなる。
次郎太の鈍さを嗤い、自分の作戦の素晴らしさと、それによって真田昌幸に一泡も二泡も吹かせられる事を想像して、ほくそ笑んでいる。
取らぬ狸の皮を数えるどころか、狸狩りに出る準備だって十分にしていないような状態なのに、狩り取って鞣した皮の売り上げを勘定し、その算盤の上に出た数字に酔っている。
四郎兵衛は指で次郎太を招いた。次郎太が膝行すると、四郎兵衛も彼の側へ近づいて、耳元に口を寄せた。




