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よく喋る少女

 この少女(こむすめ)、名を氷垂(つらら)という。本名ではない。

 顔立ちなどからすると、年の頃十五、六と見受けられるのだが、実のところ弱冠(二十歳)を迎えた源三郎より二つも年上なのだ。

 氷垂(つらら)は源三郎の鼻先に不満顔を突き出した。


浜松(はままつ)からおいでの方々は、まっすぐ新しい尼ヶ淵(あまがふち)の……上田の新しいお城に向かって来るだろうと、()殿()()が仰せでしたよ」


「さもありなん。

 そもそもあそこは徳川(とくがわ)三河守(みかわのかみ)()()(かね)で建てた城なのだ。

 ご家来衆はまっすぐに『受け取り』に来られよう」


 源三郎がいたずら小僧のように笑った。氷垂(つらら)はまだ不満顔のままだ。


「ええ、敵方(あちら)様は北国(ほっこく)街道をまっすぐ進んでおいでですよ。連絡(つなぎ)忍者(くさ)衆が逐一(ちくいち)知らせてくれてますから、間違いありません。

 そうなると陣を張るのは国分寺のお寺のあたりが丁度よろしゅうございますね。なにぶんあそこからならお城までは一里も離れていません。

 すこしばかり息を吐いて、あとは一気に攻め寄せられましょうね」


「そうだな」


「殿様は、お城の手前の海野(うんの)の町から(おう)()門ところまで、()(どり)(がけ)(さく)をお建てになりましたよ。

 来がけに見てまいりましたけど、まるで川に仕掛ける魚取りの罠みたいな形でしたよ。中にはいるのは(やす)し、下がるのは(かた)し……。そうやって、敵方(あちら)様の大勢の衆をお城前に引きずり込んで、逃がさないおつもりで。

 それから、お城の土塁(どるい)の上に丸太と石塊を準備なさっています。村衆(むらしゅう)町衆(まちしゅう)がおかれておりましたから、皆で丸太を落としたり、石を打ったりするのでしょう。

 その両脇には、弓組と鉄砲(てっぽう)組も(ひそ)ませるとか。

 ともかく、ギリギリ手前まで敵方(あちら)様を引き寄せて、後ろに下がれないようにして、一息に叩くのが殿様のご算段。

 そうなれば一番の戦場はお城の前でございましょう?」


「そうなろうな」


 なんとも覇気(はき)のない相づちを打ちながら、源三郎はその決戦の場になるであろう上田城の追手から二の丸のあたりを眺めた。

 氷垂(つらら)は頭から湯気が出るのではないかと思えるほどに顔を赤くして、


「ですからね、若様。若様もそのあたりにおられませんと、お手柄が立てられないことになるように、あたしには思われるのですよ。

 それなのに若様は三里(六キロメートル)よりもずっと離れた()(いし)の山城に行かされる。

 もしかして、ですけれども……殿様は、此度(こたび)初陣(ういじん)の弁ま……じゃなくて、源二郎(げんじろう)様に(こう)を立てさせるために、若様を山奥へ遠ざけようとなさっているんじゃありませんか?」


 まくし立てた。

 真田源二郎は、源三郎の四歳下の同母弟(おとうと)だ。先年元服して、源二郎信繁と名乗るようになったが、その前は「弁丸」と呼ばれていた。

 源三郎は(しん)(ちゅう)に苦笑いを押し込み、()(ごく)真面目な顔つきをして、


「誠に、お前は女にしておくのが惜しいな。実に惜しい。お前が男に生まれておれば、私などよりもずっと良い武士になったにちがいない」


 女の立場が著しく弱かった時代だ。女性は女性であるというだけで男性より一段も二段も下に見られ、行動を制限され、一種()(りゃく)にすら扱われる。そんな中での領主の(おん)(ぞう)()の言葉がこれなのだ。

 源三郎は氷垂を最大限に褒めている。

 ()めるにしても、()()(つい)(しょう)ではない。源三郎は本心から言っている。

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