第二十二話 レイの覚悟
レイたちがセイル村へと向かう。
「マイクたちはみんなAランクの冒険者なのか。すごいな。」
「そんなことないさ。実力を伴っていても危険な時はあるからね。油断大敵だ。」
「さすがにAランク冒険者ともなると言うことも違うな。あと俺は多分もう察してると思うけどEランクなんだ。そして不幸なことにnullだしな」
マイクが驚いたように話を続ける。
「レイがnullだなんて信じられないな。先ほど見せてくれた魔術もほとんどタイムラグなしで発動していたじゃないか。これが努力の賜物ってわけだね」
「才能に恵まれなかった分は何とか努力でカバーしないといけないからな」
「レイさんはやっぱりすごい‥」
フィオナも心の声が少し漏れていた。
興味深そうにロキが尋ねてくる。ロキはなんというか男の想像する理想的な容姿をしていて何となく話すのに緊張してしまうのである。
「レイはどうやって魔術の詠唱方法とかを考えついたのかしら?」
前世での知識とこちらに転生してからの魔術の原理が見事に共通部分が多かったので、適用してみたら上手くいったというのが事実だ。
例えば物理現象として知っていたことを魔術に当てはめてみたら、物の見事に同じような事象を発生させることができたといった感じである。
「簡単にいうと、身の回りで起こる自然現象を解析してそれを魔術に適用することで、魔術詠唱の短縮化や威力向上といったことを編み出している感じだな」
「わかったような、わからないような‥。まあ私にもまだまだ未知の世界があるってことね」
希望の灯メンバー全員が全然分からんという表情をしている。そしてフィオナは相変わらずレイさん流石です、といった表情である。
レイもせっかくの機会なので、勉強がてら質問をする。
「ロキはどんな魔術を得意としているんだ?」
「私は操作魔術が得意なの。自分の使い魔の特性で得意とする魔術もある程度は決まってくるでしょ?私の場合は普通の動物、中級から下級の魔物であれば簡単な指示を出して操ることができるわ。こんな感じでね」
そう言うとロキが魔術詠唱を始める。
「根源たるマナと引き換えに力を示せ―。ゲイン・コントロール!」
周りにいた野うさぎがこちらへ近寄ってきてロキが指示を出す。
「かわいい野うさぎちゃん。あそこの木まで走ってくれる?」
野うさぎはロキの指示した通りに木まで走っていく。
「まあこんな感じね。強力な個体を操る時は消費マナが大きいから注意だけどね」
「そんな強力な魔術まで扱えるのか。想像以上だな」
レイは自分との力量の差に圧倒される。これほどまでに強力な冒険者がいるとすれば、自分が到達するまでにどれほどの時間がかかるのだろうか。いや、そもそも辿り着けない可能性の方が高いだろう。
時間をかけて編み出したオリジナルの魔術行使の方法も、どうあがいても圧倒的な才能の前では無意味なのか‥。
「だけど私だってずっとこの状態は維持できるものではないわ。だからなるべくマナを調整してもっと効率的に操作対象に意識を向けないと。これからもまだ訓練が必要よ」
マイクが笑いながら話を続ける。
「これ以上強くなったら我々まで使役されそうで怖いな。そうならないよう気をつけるとしよう」
「あなたたちは流石に無理よ。私のマナが一気に底をついてしまうわ」
「確かにそれもそうだな。ペーターもそう思うだろ?」
表情は全く読み取れないがペーターもコクコクと頷いている。
「そこはそんなことないよって否定しなさいよ」
「まあそんな怒るなって」
やはりパーティーというのはいいものだとレイは三人組をみて思うのであった。
(俺も冒険者らしくパーティー組みたいけど、まあ無理だろうな‥)
「レイさんがパーティーを組みたそうな雰囲気出していますが、私はいつでも入りますからね!」
「しまった。顔に出てたか、ありがたいけど危ないから却下させていただこう」
「そうですか。でも私はいつでも準備は出来てますので!」
ここは丁重にお断りをする。こんないい子を危ない冒険者生活に引き込む訳にはいかない。
そんなこんなでセイル村が近づいてくる。魔物が出没していると聞いていたがあたりは特に異常はなく平穏そのものだった。レイがマイクに尋ねる。
「なあマイク。ここってセイル村だよな。特に異常はないみたいだがどうなってるんだ?」
「そうだね。今はたしかに平穏そのものだ」
「どういうことだ?」
――――――そしてしばらくの間沈黙した後、彼らは化けの皮を剥がしたのである。
「つまり”これから”平穏が終わるんだよ。レイ」
一瞬マイクの言っていることが理解できなかったが、それはすぐに現実となった。
後ろからフィオナの悲鳴が上がる。
「地面が急にぬかるんで、足が動かないっ!」
「‥あまり動くな」
ペーターがフィオナの足元に魔術を仕掛け身動きを封じる。レイも突然の出来事に困惑するしかない。
「どういうつもりだ、おまえ達!フィオナを解放しろ」
「申し訳ないが君たちにはここで死んでほしいんだ。我々の目的達成のためにね」
レイはついに怒りを抑えきれなかった。どんなにあがいても覆すことのできない理不尽が存在すること。そしてそれをどうすることもできない自分への怒りもあったのだ。
「ふざけるな!おまえ達の目的なんてどうでもいい」
レイは身体強化を施し即座の魔術連携でフィオナの元へ距離を詰めるが、マイクがその前に立ち塞がる。魔術紋様が施された武器を構えレイの足下を狙う。
「そんな小細工では圧倒的な力の前では無意味だ」
雷を纏う刀身から強力な一撃がレイのいた地面へと叩きつけられる。地面は抉れその衝撃によって小さなクレーターができる。
間一髪、タイムラグなしの詠唱によって風魔術を発動させて攻撃を避ける。
「なんて威力っ!」
「今のを避けるとは。まあnullにしては上出来か」
「‥マイク。こちらも準備できた‥」
「上出来だ、ペーター。君たちに忠告だ。フィオナに魔物を惹きつける誘惑剤を今取り付けた。下手に取ろうとすれば良くないことが起きるとだけいっておこう」
「誘惑剤だと?黙って見ていろとでも」
このまま放っておけば、魔物がフィオナに集まって食い殺されてしまうのは火を見るより明らかだ。
レイが再び動き出すがロキが妨害してくる。周辺に突如魔物が出現する。おそらく事前に用意していた小型の魔物だろう。お得意の操作魔術によってレイを拘束しようと足元に噛みついてくる。
「人の話はちゃんと聞かないとだめよ。魔物に襲われる前にフィオナちゃんの体が吹き飛んじゃうわ。あなた、魔術だけではなく頭も弱いのね」
名のあるすごい冒険者だと思っていたのにまさかここまでの外道だとは思いもよらなかった。一度でも信用した自分にも怒りが湧く。
「レイ。実は君のことは前から知っていたんだ。まあこちらの一方的なものではあるけれどね。その節は我々の実験に付き合ってもらって感謝する」
「何が言いたい?」
「君、前にハウンテッド・ウルフに襲われただろう?あの周辺には普段出現しないのに驚いたはずだ」
レイはそこで気付かされる。全て奴らの手の内で踊らされていたことを。
「まあ、君が基本魔術であそこまで器用に倒したのはびっくりしたけど、あの状況で使い魔を召喚しないあたりnullだと察しはついた」
「じゃああの時の影は、そういうことか!」
「別に君には興味なかったんだけど、フィオナと繋がっていることが分かって利用させてもらったよ。彼女、君以外の話は聞かなそうだしね。おかげでセイル村の近くまで上手く誘導できた」
フィオナとの話で彼女が名のある貴族ということは話に聞いていた。察するに詳細はわからないが、フィオナを利用することで不当に権力を奪い取ろうとしているのだろう。
どこの世界でも理不尽を我が物顔で突きつける奴らが存在する。そんな事実が許されていることに虫酸が走る。
「だから申し訳ないが諦めてくれ。あとあまり抵抗しない方がいい。我々に太刀打ちできないのは君がよく知っているだろう、レイ」
「そういうことよ。私たちの噂が広まらない理由は嵌められた弱い冒険者がみんないなくなっちゃたから。何が言いたいかは弱々なあなたでもわかるわよね?」
つまり証言される前に今までの人たちはみんな殺されたということだ。
フィオナが叫ぶ。
「レイさんは逃げてください!こんな外道、王国騎士団が見逃しません」
「あらあらフィオナちゃん。自分の置かれている立場分かっているのかしら?」
ロキがそういうと空の方を指さす。そこにはこちらに集結してくる黒い影があった。その様子を見てレイは絶句する。
「あれは‥、まさかワイバーン!」
最初に対峙したハウンテッド・ウルフとは訳が違う。大きさも強さも段違いだ。しかも一頭ではなく何十頭もこちらに向かって飛んできている。王国騎士団でも対処に苦慮する魔物だ。ましてやレイにはどうすることもできないのは明らかだった。
「説明しなくてもわかるわよね。それじゃあ巻き込まれる前に私たちは失礼するわ。かわいい少女を見捨てて逃げちゃえばいいんじゃない、弱々のnull君?」
ここでレイは気付かされる。自分に足りなかったもの――――――それは覚悟。今までもバカにされ蔑まれ、いいように使われてきたのかもしれない。
だけどここまで貶められたら嫌でも分かる。自分をもっと大切に。そして信じてくれる人たちを理不尽から守りたい。
過去の弱い自分にはここで別れを告げよう。もっと強い人間にならなくてはならないのだから。
今までのレイからは考えられないほどの強い言葉と感情で言い放つ。
「俺は絶対におまえ達を許さない。地の果てでも追い続けて報いを受けさせてやる」
おそらくレイとフィオナの二人に出会ってから初めてだろう、そのレイの姿を見てマイクとロキは少しばかりの戦慄を覚えたのである。
(へぇ、びっくりしたけどそんな顔できたのね)
そして三人組はセイル村をあとにしたのだった。
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