第二話 新たな冒険の始まり
「あうぅ…あああぅぅ」
「あら、レイがもう起きちゃったみたい。さっき寝かしつけたばかりなのに」
俺が目を覚ますと若い女の人がこちらを見てうれしそうに微笑んでいる。隣にはこれまた若い男の人が同じように視線を向けている。
何かがおかしい。確か俺は男に刺されてそこから意識が薄れていって…そこからの記憶は一切ない。
自分の手を見てみるとものすごく小さく、何か異変が起こっていることがすぐに分かった。
「レイが不安そうな顔しているわね…。大丈夫よ~。お母さんがついてるからね」
今、お母さんという単語が聞こえたな。間違いない。目の前にいる女の人は俺の母親だ。ということは隣にいるのはお父さんということになるな。そして俺は赤ん坊としてこの世界に生を受けたという感じか…、ってどういうことだ!?もしかして生き返ったのか!?
でも明らかに体は見慣れたものではないし、窓から見える風景もファンタジー小説に出てくるような感じだ。
俺は冷静になって考える。もしかしてこれって異世界転生とかでは…。でも状況を鑑みれば合点がいく。本の中でしか聞いたことなかったけどまさか本当にあるとは。
冷静に分析しているけど心の奥底では、なぜか期待感とワクワク感に包まれているのは間違いない。なんてったって異世界転生している可能性が高いときた。空想の中でしかなかった魔術やなんかすごい世界が広がっているに違いない。そして俺はそこから輝かしい人生を送ることができるはず!
前世では自分の気持ちを押し殺して、ただいいように使われて裏切られた人生だった。もうそんな人生は二度とゴメンだ。
「おっ、レイがなんかうれしそうにしているぞ。やっぱりお母さんがいないとダメなんだな。俺があやしてもずっと泣きっぱなしだったのに」
「レイはお父さんよりお母さんの方が好きなんだもんね」
両親が楽しそうに会話を続けている。俺の人生もこんな風に楽しいものになっていくのだろうか。
まさかこの時は俺が一番忌み嫌っていた“裏切り”によって異世界での人生が大きく変わっていくとは予想にもしなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
王国暦900年 デルタ王国 ノース村
俺が転生してから9年が経過した。
この世界には使い魔とそれを使役するサモナーが存在する。使い魔に主人として認められた者は、特有のスキルや能力を行使することができる。
世界に存在する有名な冒険者や騎士団は、強力な使い魔を従えていることが多く、その能力の強さによって世間的な地位も確立されている。使い魔にも様々な種類があり下位から上位使い魔まで存在し、頂点に君臨するのが神獣である。実際のところ神獣は古い伝承でしかほとんど知られておらず、その姿を見た者がいるとかいないとか。
ここノース村に住むレイノルド=アイザック(通称:レイ)こと俺もサモナーを目指す一人である。特に王国に使える騎士団のサモナー隊は、悪から国を守る平和の象徴として国民からも尊敬の念を集めている。
この世界では年齢が10歳になるときに、自分と相性の良い使い魔と契約の儀式を行える。
使い魔と契約できる場合がほとんどであるが、ごく稀に素質が無いために契約できない者も存在する。
俺は幼馴染の女の子、リズベット=オルヴィス(通称:リズ)とある出来事を境に仲が良くなり、毎日一緒に魔術の練習をしている。今日も村はずれの広場で集合する約束になっていて、その準備をしていた。
エミリア、母さんが俺に優しく語りかける。
「レイ、今日も遅くならないうちに家に帰ってくるのよ?夜になると危険が多いんだからね」
「母さん大丈夫だよ。俺は将来、王様に使える立派なサモナーになるんだから!」
俺は国民から尊敬されている王国騎士団のサモナー隊に入ることを夢見ており、いつも幼馴染のリズと魔術の練習をしている。
「レイはいつもそれしか考えてないわね。あまり遠くまではいかないでね。リズにもよろしくね!」
「わかったよ母さん。じゃあ行ってきます!」
早くしないとリズに怒られてしまう。駆け足で広場へと向かっていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
リズはいつもの集合場所である村はずれの広場に先に到着していた。
「遅れてごめん。またいつものサモナー隊に入るための練習始めようか」
リズがちょっと怒り気味に答える。
「ちょっとレイ最近だれてるんじゃない。これじゃあサモナー隊には入れないよ」
「ごめんリズ、ちょっと朝用事があって遅れたんだ。新しい魔術の構成方法教えるってことで許してください…」
「まあいいよ。レイがいなかったらこんなにいろんな種類の魔術の制御もできなかっただろうしね」
前世で培ってきた知識もあり、それなりに勉強もやってきた方だったので、努力の甲斐あってか転生してからの魔術の習得は他の子どもたちよりも早かった。
俺はリズが魔術に関する知識を取引材料として話に出せば、大抵のことは許してくれることを知っているので、いつも困ったときはこの方法を使っている。まあいつまで通用するか不安ではあるんだけど。
「じゃあ、今日は魔術強化の練習をしよう。確かリズは水系統の魔術は得意だったよね?」
「それなら任せて!基本中の基本だし朝飯前よ」
リズが詠唱を無しに水を頭の上に生成する。本来であれば詠唱を行い、体に流れるマナをエネルギーにして魔術を行使できるのだが、俺が詠唱を無しに頭の中でプログラムを組み立てるように順序立てて想像することで魔術を使えることを発見した。それをリズにも教えたのである。もっとも前世での知識であるプログラミングをリズは知らないので、説明するのに一苦労したんだけど。
「レイ、できたわよ。これでどうすればいいの?」
リズが得意げな顔で質問してくる。
「オッケー、そうしたら水を内側から膨らませるイメージで。最初はゆっくりで。いきなりマナを注ぎ込むと制御できなくなるからっ…てあああ!」
時すでに遅しで、勢いよく流れ込んだマナによって水の塊がリズの頭の上から一気に破裂する。俺は少し離れていたので大丈夫だったけど、リズは全身ずぶ濡れになっていた。
「ちょっとレイ言うの遅いよ!もうこれじゃあ着替えないといけないよ…」
リズは少しせっかちなところがあるので、こんな感じのことがよくあるんだよね。まあそれが少し可愛いんだけど、本人に言うと怒るから言わないことにしておく。
「そういえば女の子とこんな感じで話したこと、前はほとんどなかったなぁ」
「レイ何か言った?」
「えっ?ああ何でもないよ。リズのマナの量がすごいから俺とは違うなーと思って」
いつもの癖で前世での出来事と比べてしまうことが良くある。俺は適当にごまかしてそんなことを言った。実際リズに魔術の才能があるのは明白だったしね。一方で俺はというと魔術の才能はあまりないと言える。たしかに勉強して魔術の構成方法を編み出したりすることで技術的な面ではほかの子供たちよりもできることはずっと多い。でも努力だけではこえられない壁があるのである。それは使い魔と契約できる素質と自身の持つマナの総量。俺のマナはお世辞にも多いとは言えなかった。
「そんなことないよ!レイなんか私よりたくさん知識持ってるし、何より優しいでしょ?
あの時だって助けてくれた。それだって努力しても手に入れられないものだと私は思う!うん、絶対そう!」
「ありがとう、リズ。なんかちょっと恥ずかしいけど(笑)」
「えっ、ああ今のは忘れて!早く続きを教えて」
リズが少し照れた様子で話題を魔術の話に戻した。
少し恥ずかしかったけど、今みたいなことは前世では言われなかったな。俺は結局、他人のために自分のことを犠牲にしてしまうのは転生しても直らないらしい。でもそれでいいのかもしれないと今のリズの言葉で思った。
まあ、なるようになるよな!少なくともリズは自分のことを裏切らない気がするし。
こうして俺たちサモナーの卵が魔術練習を続けるのであった。
レイがリズを助けた出来事は別の機会に書こうと思います!