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またアイツのことを思ってるなんて

検査室に行く間、暫し沈黙する柳。

いつもならもう少し話を振ってくれるのだが、今日は何かを考えているように目線を下げながら歩いている。本のことで話している間も、柳はどこか集中していないような気がした。

「なにかあったんですか?」

礎はつい好奇心で、単刀直入な言葉を投げかける。

「?いいえ、特には…」

茶を濁すように苦笑いをして、また柳は視線を背けてしまう。

隠すことが苦手なのだから、正直に言ってほしいのだが…。

「柳さん、なにか考え事してるでしょう。僕に全く目を合わせてくれないんですから」

礎は立ちどまり、急に歩を止めたことに戸惑っている柳の空いていた手をスッと掴み、『隠し事ですか?』と冷たく呟いた。

突然の礎の行動に、柳はドギマギして『そんなつもりじゃ…』と小さい声を出す。

「…フッと、思い出すことがあるんです。図書館の前と、街で会ったあの男の人を」

<あの男の人>…玄森のことだろう。あんな男を思い出されるだけで、心がもやもやする。

「玄森さんでしたよね、あの人の名前。一度見たときから、玄森さんのことが忘れられないんです。忘れられないというより、以前どこかで会っていたような…記憶のない遠い昔に出会っているような、そんな感覚になったんです」

<能力者因子の記憶力>の異常な強さを、痛感させられる。玄森の記憶がどうなっているのかは知らないが、柳本人の記憶は少なくとも作り物だ。もう彼との記憶は残っていないはずだった。

それなのに、柳は『どこかで出会っているような気がする』という。

やはり、玄森と柳を会わせてはいけない。その意思を礎は強固なものにした。

未だ冷たい表情をする礎に、柳は申し訳なさそうな顔をしていた。

「礎さん、玄森さんのことお嫌いみたいなので黙ってたんです。もしそれで心配をかけてしまったのなら、ごめんなさい」

「…何か思い出したら、何か考えることがあるなら僕に言ってください。その為に僕はいるんです」

とにかく一人で抱え込まないでほしい、と礎は告げ、また歩きはじめた。

露骨に玄森への敵意を出しすぎたと心の中で反省する。

元々柳を再びこの世界に出したのも、全ては反応を確かめる実験のため。

心を隠されてしまっては意味がないではないか。

実験に真摯に取り組まなければと思う自分と、柳への少なくない想い…私情を挟む自分で礎は悶々としていた。

難しい顔をして黙る礎が柳も心配で、ハラハラしながら後を静かに付いてくる。

検査室の前に着くころには礎は一旦気持ちを静め、いつもの柔和な表情で柳を技師に預けた。

「また、迎えに来ますから」

「…待ってます」

柳はいつもの表情に戻った礎を見てホッとしたように検査室の中に入っていった。

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