二人の実験
手持ちのナイフはあくまで拷問と、自身の性的欲求を満たす目的に留め、致命傷はその切り口と類似させた能力の刃で与えていた。
被害者がほぼ肉塊となることも多く、その情況は大昔の切り裂きジャックを彷彿とさせるやり口である。
大学時代の学友にサバイバルナイフを所持して登校していることを知られなければ、被害者は更に増えていただろう。
ナイフの所持を密告され、取り調べを受けたことで柳が犯人であることが明らかになった時、担当の軍人はこの細身の女性に凄惨な事件を起こせるとは到底思えないと後に同僚に述べている。
逮捕されて投獄されているときに初めて柳のストレスカウンターが解析され、上戸が柳こそ自分と梵が求めていた能力者であることを突き止めた。
上戸は柳に取引を持ち掛ける。
『私の部下になれば、ここの窮屈な牢獄から出て死刑を取りやめてもいい』と。
上戸は普段あまり感情を露わさない人物だったが、柳に話しかけている時はニヤリと言葉では形容しがたい不吉な笑みを携える。
上戸が心に秘める狂気を、柳もまたすぐに感じ取り共鳴しかける。
初めて『計れない』人物に会ったのだ。
瘴気を少しずつ、冷静さを乱すように向けていたのだが、上戸にはすぐに何らかの手で無効にされているのが判るのだ。
こうして柳は上戸の直属の部下として解放される。
基本的には何も命じられない柳だが、発現した能力者を確保する際に運用されていたようだ。
50年前の鍵となる人物、湯神震の力を計るために彼の護送された孤島で戦闘、敗れて頭部を破壊され死亡したのが、彼女の最期だった。
遺体が回収された時、上戸は柳に何らかの思いを秘めていたのだろうか、肉体復元の施術を執り行うことを命じる。
頭部が破壊されているため、元の柳祥子に完全に戻すことは不可能と判断された。
それならばと当時の政府高官は政府に従順な人格を作る実験の対象にすることを決めたようだ。
そして出来上がったのが、今の柳祥子である。
時を同じくして、玄森漆も銃殺された後肉体復元と人格形成の実験が行われていた。
だが玄森の本質が思うように消えず、やむなく記憶消去の手段が取られた。
二人は本来、二ホンエリアの最終兵器として機械のように扱われる予定だったのだが、現桜井司令官が『能力者の共鳴』の力を確認するために利用することを決めた。
柳と玄森を何回か会わせることで、記憶は蘇るのかどうか。
最終的に能力は(人格が消滅していても)戻るのか。
柳と玄森は今も昔も実験材料として扱われている。
実験結果が幸不幸どっちに転ぼうと、結論から言えば二人が桜井に勝つ要素は殆どない。
桜井の強い雷撃を食らえば、一瞬で肉体は焼け焦げ消滅する。
柳の<発狂型>の発動の前に、桜井は攻撃を仕掛けることができるのだ。
他の銃撃や瘴気の刃も、桜井からしてみれば遅すぎる速度である。
だからこそ、桜井は尊大な目で二人を見て居られるという状況になっているのだった。




