柳祥子の本当の過去
50年前の柳祥子も、玄森漆と同様猟奇的な殺人犯だった。
玄森と柳の生い立ちは、酷似していた。
玄森の虐待が肉体的なものであるなら、柳が受けた虐待は精神的なものだった。
望まれない子供だった柳は、家族から徹底的に無視をされた。
食事が用意されないのは当たり前で、誰も柳を生きているかどうか以外気に掛ける者はいなかった。
柳の実母は彼女を出産した直後に気が触れ、入院先の精神病院で自分自身の身体を手加減なし(肉体的な自制なし)で傷つけ自死。
母親の家系は代々資産家だったが、相続している(存命)のは母親一人。
実父は祥子が生まれた日に、交通事故で病院の目の前で死んでいた。
遺産を相続するのは柳祥子だったが、幼すぎて金銭の管理は不可能という事で指名されたのが実父の弟夫婦だった。
養育費として20歳まで毎年遺産から一定額養父母に振り込まれ、残りの遺産は祥子が20歳の時に渡されることになっていた。
養父母の目的は、もちろん金銭。
養育費という面目で振り込まれる金額も、一般家庭から見れば十分すぎる額であり、養父母は浪費癖があり金銭的に困窮することも多かった。
柳の話は渡りに船だったのだ。
20歳になるまでは、柳本人には生きていてさえもらえればよかった。
その年齢になったら、柳を事故に見せかけて殺害し、さらに遺産を受け取るつもりでいた救いようのない夫婦だったのだ。
結果、柳は他人とコミュニケーションを取れない子供になってしまった。
自分の心の世界に閉じこもり、ちぐはぐな話しかできない。
知能が高く、大抵のことは一度で覚えられるため風呂の使い方や料理は見まねで覚え、授業に困ることもなかった。
歪さを隠すのがうまかった柳の振る舞いで、彼女を見て虐待に気付くものもいなかった。
同世代の者と話すことも元々好まず、『ひたすら本を読んでいる、変なことを言う子』とだけ周りには見られていた。
経緯は不明だが、中学時代から柳の性格は急変する。
今までただ黙っていた柳が、刃物を持ち歩くようになった。
その頃から、彼女の住むエリアで傷害事件が多発する。
学校の空き教室で隠れてその得物を眺め、妖しく笑い、同期には気味悪がられた。
楽しそうに会話をしている同期の目の前に立って会話を遮り、ただニタァと笑う柳をクラスメイトが咎めると、逆にその周りにいた者たちが精神を強制的に疲弊させられたような感覚に陥り、保健室送りになった。
この時のストレスカウンターの記録をチェックし、彼女は無意識に能力を発現させている状態になっていることが分かったのは彼女が上戸前司令官に発見されてからである。
柳は幸せそうな人間を見ると、<壊したい>という気持ちに駆られていた。
その気持ちは異常なレベルで、前述のサバイバルナイフを所持していたのはその気持ちに折り合いをつけるためのお守りだったのだ。
強くその感情に駆られれば駆られるほど、(無意識な能力で)周囲の人間が不思議と傷ついていく。
だが柳がその肉体を使って行為に及んでいるわけではないので、当時は証拠が一切なかった。
そして柳20歳、大学時代の時に養父母を自分の手で殺害する。
養父母が態度を急変させ、ある場所に連れて行こうと執拗に誘ってくる日だった。
その場所は、柳にとって唯一いい思い出のある場所だった。
街から少し外れたところにある、誰も立ち寄らない空き地。
話したことはないはずなのに、養父母はその場所を知っていた。
断ろうとすると、二人に包丁を突き付けられ車に乗るよう脅される。
流石の柳も養父母の気迫に負け、車に乗ると、真っすぐその空き地に連れていかれた。
そして車から蹴落とされるように降ろされると、空き地には既に覆面を被った男が数名、バットや鉄棒を持って待ち構えていた。
「お前も20歳。ここで死ねば、私たちに残りの金が入るんだ。この空き地は偶然誰のエリアの監視に洩れているところなのさ。さ、死んでくれ」
周りにいる大人が全員で攻撃を仕掛けてくる際に、彼らの側にある枯れた花冠がかけられた小さい盛り土を蹴散らした。
そこで柳はキレる。その盛り土は昔この空き地であった少年との思い出のモニュメントなのだ。
叫ぼうと思った瞬間、柳の周りに見えるほどの濃い瘴気で作られた刃がかかってきた者全員を切り刻んだ。
刃の威力は凄まじく、一度当たるだけで爆破の連鎖を起こして相手の肉体を斬爆散させていた。
そして瀕死の養父母の身体に、とどめを刺さんと柳は持っていたナイフを深く突き立てたのだった。
その刺した感覚が、柳にとてつもない快感をもたらした。
『自分は人を傷つける為に生まれてきたのだ!』と真理に打ち震えた。
以後、柳は自力で能力を解析し、自身の能力の正体を掴む。
精神が高揚した時に、自分の意思で<殺傷型>、<瘴気型>、<発狂型>に分類できる濃い瘴気を作り出せるのが、柳祥子の能力だった。
中学時代に発現していたのは<殺傷型>と<瘴気型>で、無意識に人の気持ちを混迷させたり、周囲の人間を斬っていたのはこの力が発現していたからなのだった。
以降、柳は能力と愛用のサバイバルナイフを使い、数多の人間を気分で殺害していくことになるのだった。




