50年前の因子
朝礼が終わると、職員達は各自持ち場でいつも通りの持ち場についた。
「詠斗君、少しいいかい」
血液サンプルを運んでいる詠斗に、黄瀬は声をかけてきた。
「…朝礼の件ですか」
立ち止まらずに詠斗は保管室まで歩いていたが、黄瀬は付いてきて「その通りだよ」と小声で耳打ちした。
「保管室には今誰もいない。置くついでにそこで話をしよう」
黄瀬は少し深刻そうな顔をして、詠斗を先に保管室に入らせた。
「朝礼で言われていた、<能力者プロジェクト>は一体なんですか」
詠斗以外に誰もいないことを確認してから、黄瀬は部屋の扉の鍵をかけた。
「朝礼で告げられたのは、50年前に凍結されたこの計画を再始動するとのことでしたね」
「50年前、特殊な因子を持った人間を兵器化する計画が進められていたんだよ」
「人間の…兵器化?」
「感情を極端に昂らせることで、攻撃的な能力を発現する人達が存在していた。その人たちの自我を奪い、完全に制御して軍の主力にしようとしていた時期があった。またその人達から採取したDNAを元に能力を持つ人間の生成を目標としていたのさ。この研究所での噂話は真実だよ。非人道的な実験が私たち上級研究員の手で施設の最奥で行われてきた。助手になる人間を決めるというのは、手が足りなくなってきた裏実験に向いている部下を選別するためだ」
「今でもその特殊な因子を持つ人間がいるということですか?」
少し違う、と黄瀬は言った。
「その特殊な因子はある現象を境に消滅したはずだった。だが、上層部はまだ諦め切れていなかったようでね。治験と称して集めた血液サンプルからなんとか痕跡を読み取れないか模索していた。そして、痕跡は見つかった。ごく少数に市民が、因子が生まれつき欠損している。生命活動・外見を脅かすものではないが、欠損している者は無気力な者がほとんどであることも分かっている。再始動する<能力者プロジェクト>では、当初と変わらず50年前と同じように欠損した因子の復元、再構築をして再び能力者を作り出し、オリジナルの能力者を生成することを目的としている。ああ、過去の<能力者プロジェクト>を知りたいのならば、私の助手になってもらえれば極秘書庫で当時の記録を閲覧することを許可できるよ」
上級研究員は、政府に信頼され且つ飛び抜けて優秀な人間しかなることしかできない。政府の信頼とは、自分たちの計画内容を秘匿できるという人物だということを認められるということだ。
「君を助手に推薦したい。承諾してくれるなら、君も私と同じように腕輪に黙秘遵守の鍵を入れる。非承諾なら、この話の記憶は即治療室に行って消去ということになる」
「…実験、面白そうですね。単純作業もいいですが、たまには刺激も必要です。助手の件、お受けします」
詠斗の言葉に黄瀬は胸を撫で下ろし、施設の鍵となっている腕輪に先ほど行った黙秘遵守の鍵を追加した。