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職場

服を買って帰るから、と言い残して詠斗は崎下邸を出発し、中央エリアにある政府直轄の研究施設に向かった。職場では主に人間に関する事柄を研究する施設で、被検体として滞在するエリア民が数百人管理され、よく治験が行われている。

基本的には、だ。二ホンエリア政府が、非倫理的な実験をこの施設の最深部で行われているという噂が後を絶たない。研究員でさえ、上級でなければこの建物の最奥に入ることは許されていないからだ。

その最奥からは、度々雷が落ちたような爆音が聞こえてくることがあるのだからますますその噂が真実かと思わせる要因にもなっていた。

「はてさて…仕事をしますか」

車を走らせること20分。中央エリアに入るためにライセンスを検問装置に翳し、研究施設の駐車場に車を止めて正門から入棟した。

更衣室にかけてある白衣を着用し、施設内を歩いていると、上司である黄瀬由季人(きせ ゆきひと)が詠斗のことに気付き、近付いてきた。

「詠斗君、おはよう。休暇は楽しめたかい?」

この黄瀬という男は、とても柔和な性格である。それでいてとても根気強く、研究者の鏡と言える人物だった。人とコミュニケーションが取れない詠斗にも嫌な素振りを見せず、覚えるまで話しかけ、研究のことを評価してくれる。

「楽しい、かどうかは分かりませんが…有意義な時間でしたよ」

詠斗が有意義と言ったことに、黄瀬は少し驚いていた。詠斗に私的な物事を訪ねても、何も思わないと答えることしかしなかったのだ。

「君にとって有意義な時間か、それはよかった。きっと実りのあることがあったのだろうね」

黄瀬の年齢は80代半ばで、外見はそこまで年齢を重ねているというほどでもない。だが彼の態度は、まるで数百年生きた樹木のように全て包み込むような優しいエネルギーを放っている。荒ぶらない、静かな夜の海辺のように穏やかだ。

詠斗は黄瀬の言葉に、少し自身が引っ掛かるようなものを感じた。黄瀬にはまだ、サオリのことは話していない。だが、『実りのあること』という言葉に、詠斗の心はチクッと針が刺さったようだった。

少なからず、詠斗はサオリに興味を抱いている。それは詠斗自身も自覚していた。それが『実りのあること』なのだろうか?

「どうした詠斗君、ぼうっとして。何か考え事かい?」

黄瀬の言葉を咀嚼していると、どうやら癖である考え込みをしていたように見えたようで黄瀬は苦笑いした。

「いえ、なんでも。今日もデータ整理かなと思いまして」

データ整理は、気が楽だ。ただ情報を記録媒体に保存するだけで、何も考える必要がない。普通の研究員は単純作業だと避けがちな業務だが、詠斗にとっては一番気を使わない楽な業務だった。


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