車を走らせる
家の前にある砂利道を走ると、ゴムタイヤがゴリゴリと細かい岩をくわえ込む音を立てる。
車体が微妙に縦揺れしているのを、サオリはシートベルトをしっかり掴みながら楽しんでいるようだ。
砂利道を抜けて舗装された道路に入ると、そういったものは無くなりフォンフォンという風邪を切る音が聞こえるだけになる。
「静かになっちゃった」
「窓を開けましょうか。どのくらいの速さで走っているか分かりますよ」
ハンドルの左下の持ち手を強く握ると、助手席側の窓が開く。強さ加減で開く大きさが変わる機能だ。
窓を半分ほど開けると、車体を横切る風が爽やかな晴れの空気を纏って吹き抜けて行く。
「速い速い!初めて飛んだ時よりもっと速い!」
「身を乗り出したらダメですよ。身体切れちゃいますから」
サオリは手を風に遊ばせるように何度も窓から出していた。忠告通り、身体は出さないでくれたようだ。
「なんか、景色が変わって行くよ、エイト?」
「地区の中心部に向かっていますからね。僕の家の周りは…市街地から少し離れている山の麓ですし」
崎下邸はサホロ地区の無名の山のすぐ側にある。車で職場のエリアに行くのに20分だが、それは詠斗が人気のない道を選んですっ飛ばしているからである。本来の規定速度なら車でも1時間コースだ。
サオリが飽きもせずに風を感じて楽しそうにしていた間に、中心部に着いた。
「なんかおっきい建物いっぱい…」
「この辺は会社のオフィスが立っているエリアです…そうだ、ここから買い物のできるエリアまで歩いてみませんか」
「いいよ!歩いてみる!」
詠斗はセレリタス号を駐車場に入れ、サオリと共に車から降りた。
冷房を効かせて快適な温度にしていた車内から出ると、多少空気がむわっとしている。
「外、あったかいんだね!」
「…嬉しいですか」
「外に出たの、夜だけだったから。太陽出てるときに出たの、初めて」
そういえばサオリが外に出たのは流星群を見た時と、白藤と会った時の二回だけだ。日中に出たことは確かになかった。
サオリは興奮気味に、フンフンと鼻を動かしていた。
「空気の匂い、エイトの家の近くとだいぶ違う気がする。人の活気?なんだろ、エネルギーみたいなのいっぱい」
市街地ゆえに人は確かに多いが、エネルギーとはなんのことか分からない。人の活力?を感じ取っているのだろうか。
「じゃあ、行きましょうか」
「うん!」
詠斗がなるべくゆっくり歩くのを、サオリは一歩引いて付いてくる。
詠斗の足音がコツコツと冷たく一定に刻まれる中、サオリはサンダルをペタペタと鳴らしてふわふわ力があまり入っていないように軽やかに歩くのに気づいて詠斗は心の内でサオリは本当に楽しみに歩いているのだな、と感じていたのだった。
次から買い物編です。




