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ひっくり返るような焦りって、こんな感じなんですね

<培養液は偶然の産物で、ストックが切れれば再生産が出来ない。何らかの形でロストすれば、計画は台無しになってしまう。なんとかしなければ>

<サオリは未知の存在だ。<グァルネリ>が制御し難いものだったように、彼女の能力が暴発すれば二ホンエリア全てが吹き飛ぶ。慎重にいかねば>

<今のところ因子で組み込んだ能力は<火炎><冷気><瘴気><雷撃><毒刃><光線>…>

能力は延々と書かれており、詠斗は途中で閲覧をやめた。

サオリが肉体を維持するのに定期的に培養液に浸らなければならないのは分かった。

眠るサオリを見て、とりあえず安堵する。

「…不思議な人です、貴方は」

こんなに焦ったのはいつぶりだろう。サオリの苦しそうな顔をみるだけで、心がひっくり返りそうになった。助けなければと思った。

自分を含めて人が死のうが、苦しもうが、どうでもよかったはずなのに。

心が騒めくこともなかったのに。

サオリという一人の存在が、確実に詠斗の心を変化させていた。

その日、夜更けまで貯水槽の側で様子を見守ったが、サオリは目を覚まさなかった。


持ち込んだ目覚ましで、朝が来たことを知る。サオリはまだ目を覚まさない。支度を整えて、仕事に行かなければ。

「サオリさん、行ってきますね」

貯水槽のガラスを一度撫でて、地上階に上がり身支度を整えて仕事場に向かった。

「詠斗君、おはよう」

いつも通り、黄瀬が声をかける。

「寝てないのかね?目の下のクマがひどいが」

「色々ありまして」

淡々と答える詠斗の口調に黄瀬は何かを感じ取ったのか、それ以上何も追及しなかった。

「今日の業務は?」

「君は臨時で、桜井司令官の所に行く命令が出されているよ。恐らく先日受けた記憶抽出に関することだろう」

しばしの沈黙の後、詠斗は心底嫌そうなため息をついた。

「…あの人、何考えてるのか読めないですね」

「君は読もうとも思わないのではなかったかね」

「…」

黄瀬が下手な茶化しを入れるが、気まずいのかすぐに「すまない」と謝る。

「正直私も桜井司令官が何を考えているのか、分からない。実力行使をすればすぐに、いくらでも詠斗君から奪い取れるのに、それをしようとはしない。だが兵器…サオリさんを諦めているわけでもない」

「そう言われてみれば、そうですね。黄瀬さんが言っていたように、泳がせるにしても雑すぎますし」

「能力を手に入れた反動で精神年齢が逆行してる部分もあるが、やることはやる人だからねえ…」

あの言動は精神年齢の逆行によるものだったのか、と今更ながら知る。というか、黄瀬は能力を身に着けた経緯を知っていたのだった。

「そのプロジェクトに関する研究に携わっていたこともあってね」

詠斗が突っ込みたい言葉を、黄瀬は察するように代弁するのだった。

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