エマージェンシー
詠斗は自宅に戻ってきた。
日はとっくに落ちているのに、家には電気がついていない。
またサオリは寝ているのだろうか?
家の鍵はしっかりかかっている。鍵を開けて入ると、どこからかサオリのうなされているような声が聞こえた。
「サオリさん」
声が聞こえるということは、近くにいるはずだ。しらみつぶしに一階の部屋を探し回ると、崎下の私室でサオリは床に倒れこんでいた。
「サオリさん、大丈夫ですか」
「う…エイト…おかえり…」
サオリは苦しそうに息を吐き、意識が朦朧としているのか目もあまり開けられないようだった。それでも詠斗が傍にいるのを知り、立ち上がろうとする。
一体何があったのだろうか。
「ごめんなさい…何か力が入らないの…」
「無理しないでください」
とは言ったものの、額に触れても熱があるわけでもなく、右手の脈も若干早いが正常の範囲内だ。風邪や発作の類ではない。
「左腕が…おかしいの…」
左腕。失礼して着せていた服を捲ると、左手首だけなかったはずが、ポロポロと崩れるように前腕の3分の1を損失していた。肉体の崩壊は、今も続いている。
(培養液に戻せば、助かるか…?)
詠斗はサオリを慎重に担ぎ、地下室へと急ぐ。
「エイト…??」
「目を開けないで。つらいでしょう」
鍵は初めて地下室に行った時から解除しっぱなしにしてある。
地下室の貯水槽床にサオリを寝かせ、装置を起動するとアクリル壁が出現し、培養液で貯水槽が満たされた。
苦しそうにしていたサオリの表情が、徐々に穏やかになっていく。左前腕も、崩壊は止まり、今度はゆっくりと損失した部分を修復しようとしているようだった。
どうやら培養液にはサオリの生命を補う効果があるようだ。
(父さんが残したメモリーキューブ、確認した方がいいかもしれない)
サオリさんの身体について、もう少し情報が欲しい。黄瀬から託されたメモリーキューブを確認すれば、詳細が分かるかもしれない。
地下室から崎下の私室に行き、パソコンを立ち上げる。パスワードは分からなかったが、一応メモリーキューブを入れてみるとロックは解除された。
『サオリ、経過報告』と名付けられたファイルがあった。
<白藤さおりから血液200ml、右手の皮膚の一部、爪、毛髪数本を採取し、遺伝子情報を元にあらゆる能力を使用できる従順な人間兵器を作る計画を梵司令官、私、桜井軍団長で極秘に造ることとなった。
~中略~
身体全てを構築することができたが、試験管から培養液を抜くと彼女の身体は急速に崩壊してしまう。頭部が壊れきる前に培養液に戻すと、また肉体は生成を始めるようだった。
彼女が試験管から出られないようでは困る。改良が必要だろう>




