御内君の記憶
「上戸司令官、そろそろ彼女の名前を確定させなければならないのですが」
「ん?どうせ上には記号で呼ばれるのだろう?」
「…先ほど司令官は同じ名前を呟いておりましたが」
御内が突っ込むと、上戸はフッとニヤついた。
「私にとっては、彼女も間違いなく<さおりさん>だからねえ。まあ、正式な名前はもう少し後で考えるよ」
「了解しました」
「それで、だ。因子の反応は検出されたか?」
「まだ頭部だけの肉体ですが、何やら周囲を感知するように能力を使用しているような兆候はあります」
「我々の言葉が聞こえていると?」
「試してみましょうか。『ああ、ここにある頭部はもう少しで解体する。失敗作だ…』」
上戸に御内が唐突に小声で耳打ちすると、サオリの瞼がピクピクッと悪夢を見ているように動いた。眉間には二本、大きな皺が寄っている。
「聞こえているようだな」
「試験管の厚さは4cmはあります。目はまだ開かないようですが、会話をすることで彼女が眉間に皺を寄せたり穏やかな顔になるところを見ると、何かしらの力で試験管の外を察しているようですね。彼女を包んでいる培養液からも、能力者因子が発動している反応は検知されていますし」
「そうか。上と梵さんの命令通り、彼女の身体の細胞全てに因子が組み込まれている。後はそれがどのような結果をもたらすか、だが…頭部だけ、しかも意識が確立していない状態で能力が使えるなら、将来有望だな」
上戸は邪悪な笑みを浮かべる反面、どこか悲しそうな含みを持たせていた。
御内と上戸は、人に対して無機質な所がよく似ている。本来ならただの一被験者である白藤さおりにも興味を抱かない…はずだった。
御内でさえ惹かれる純粋さ。そして彼女の持つ能力は、人を無意識に浄化すらしている。
その浄化のせいなのか、彼女に関わる者は大小あれどなにかしらの影響を受けている。
御内も上戸も、その例に洩れなかった。
「セキハル軍団長には、まだ詳細は知らせていないだろうな?」
「ええ。しかし、何故軍団長にはこのプロジェクトの詳細をお話にならないのですか?」
「…色々あってな」
「?まあ、何かお考えがあるのでしょうね」
それが、詠斗から抽出された記憶だった。
「奴は概ね嘘はついていない、ということか。これは御内詠斗としての記憶。本人の記憶ではないからな…」




