答えてほしかったよ、お爺様
『紛い物』という桜井の言葉に、永瀬は一旦手を止める。
「桜井司令官殿が紛い物…ですか?」
「ユタカには話したよね。僕は叔父にそっくりだって」
「確か、そう仰っていたのは記憶にありますが」
サイドテーブルに大切に置いてある写真を、桜井は手に取った。
「この写真…50年前のさおりさんと拓叔父さんの写真だけど」
紅茶を運んできた永瀬に、写真を手渡す。素朴な木のフレームに入れられている写真の人物は、確かに今の一馬とほぼ同じ容姿をしていた。
「似すぎだよね。お爺様は僕の遺伝子操作はしていないっていうけど、ここまで似ていたら出自を疑ってしまうんだ。僕も試験管と思惑の中で生まれたんじゃないかってね」
一馬は自身の出自を疑っていた。祖父・赤晴は息子である拓に尋常ではない執着を示していたのは知っている。「お前は叔父のような男になれ」と一馬にも晩年まで言い続けていた。自分の幼少期の写真と叔父の写真は、同一人物と言ってもいいくらい同じ容姿をしている。
高校卒業を間近にする頃、一馬は祖父の私室に呼び出された。
「軍に入れ、一馬」
祖父の唐突な一言に、当時は驚いた。
確かに祖父のような軍人になりたいとは思っていた。だが祖父からは一度もそのような発言をされたことはなかった。その時の祖父の顔からは、妙に威圧的なギラつきを感じた。そんな顔は、一度も向けたことがなかったのだが。
「お爺様」
「お前には才能がある。それは二ホンエリアを守るために使われるべきだ」
祖父はつらつらと理由を述べる。高校時代から卓越した身体能力、真面目な勉学への態度、情況把握能力。全て軍人に適しているというのだ。
「ゆくゆくは、私の後任になってほしいのだ」
「…!」
祖父の言葉を、当時は単純に捉えていた。世襲したかったのだろう、としか考えなかった。
強く頷くと、祖父は安堵したように一馬の肩を一度叩いたのだった。
卒業後、軍に入り身体検査を受けると、<適合者>という評価を受けた。
数日後、精密検査を受けるように言われ、治療室に行くとそこには男女混合で数名集められていた。
一人に話しかけると、皆精密検査を受けるよう命じられたと言っていた。
やがて白衣をきた研究員が10名ほど入り、治療室にある寝台に一人一人寝かせた。
「すぐに終わります。桜井兵、貴方の利き手は左手で間違いないですか?」
「は、はい」
そう返答し終わるやすぐに、研究員は注射器の針を刺し何かを左手に注入した。
「貴方は期待のルーキーです。何になるかお楽しみに。退室していいですよ」
なんのことか分からない。
「あの、今何を打たれたんですか、私は」
「数日後の訓練で、はっきりしますよ」
そういって、研究員は注射が終わった人々を退室させていた。
注射を受けた夜、一馬は身体全体が掻きむしるほど熱くなった。業火で焼かれているような熱さと痛みが止まない。だが、こんな夜更けに医療班を動かしては迷惑になると感じた一馬は一晩その痛みに脂汗をかきながら耐えた。夜が永遠のように感じたのだった。
夜明けを迎えるころ、ようやく痛みが治まると、今度は自分の身体が生命力で躍動しているように感じられた。心臓の鼓動が明確に脈打っている。全身がビンビンと沸き立っているようだ。
(あの注射の効果だろうか?)
数日後、桜井と精密検査を受けた面々は戦闘訓練に召集された。
「先日お前たちに投与したのは、わが軍で研究している<因子>だ。全員ストレスカウンターで投与した日に高熱を出したことは検知済みである。我々の期待通り、全員適合したようだ。これからストレスカウンターにある機能を追加する。全員腕を出せ」
そういってその場にいた軍幹部が、直々にストレスカウンターに機能を追加していく。
「さて、まずは貴様からだ」
そういって一番右端に立っていた青年が呼び出される。
「今からあの的に向かって立て。そして追加した機能を立ち上げろ」
青年は言われるまま、的の方に身体を向け、ストレスカウンターをタッチする。
瞬間、青年の身体から冷気が立ち込めた。前方に巨大な氷柱が4本作り上げられ、的に勢いよく突き刺さった。
「ふむ、貴様は氷柱か」
「い、今のは…」
「貴様らにはそれぞれ、能力が備わっている。感情を高ぶらせることで、自在に能力を使うことができるのだ。ストレスカウンターに追加したのは、能力を発揮する高ぶりを起こす刺激だ。さあ、次々やってもらうぞ」
軍人たちの顔は、戸惑いと高揚を含んでいた。自分たちは選ばれたのだということを直感していた。
他の者たちは炎を操る力と風を操る力に分かれた。
「さて、貴様が最後だ、桜井一馬」
的の前に立ち、意思を向けて左手を構える。
「貴様、ストレスカウンターを押せ」
「必要ないです」
訓練を見ていると、心を高ぶらせている自分がいた。こんな特殊なチカラを使えるのだ。自分の心の高ぶりを、因子が注入された左手に集めるようなイメージをする。
少しずつ、何かが練りあがっているのが体感できる。
「…!?」
パチパチと静電気が桜井の周りに火花を伴って舞い散る。
(行けッ!)
狙いを澄まして念を込めると、分厚い雷の槍が的に突き刺さり激しい雷鳴が響き渡った。
「なんと…いう…!素晴らしい力だ!!」
周りの適合者と軍幹部はあんぐりと口を開けていた。
「こんなもん…かな」
まだまだ、未知の力だと一馬は感じていた。
一馬はそれから、能力コントロールの訓練に熱心に取り組んだ。
そして分かったのは、一馬は電子を生成し、幅広い電圧・電流を生み出すことができるということだった。
祖父・赤晴はその能力を見届け・亡くなる直前に一馬を後釜に指名したのだった。
一馬もその能力で軍務に邁進し、他エリアでの暴動の鎮圧に一役買い、命令にも忠実だったため、政府高官からも否定するものはいなかった。




