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揺らめく記憶

大怪我の治療のためここにいると言われ、また柳は記憶を遡ろうとする。だが、何も思い出せない。

その怪我による記憶喪失なのだろうか。

そういえば、額に大きな痣のようなものがあった。あの痣と何か関係があるのかもしれない。

「私は頭でも強く打って運ばれたんですか」

柳が男性に問いかけると、彼は少しポカンとしたように口を開けた。

「まさか、覚えてないんですか?強く打ったなんてレベルじゃないですよ。柳さんの左頭部は、完全に砕けていたんですから。発見されたとき、まだ息があったので肉体再生の施術を受けていたんです」

男性はそこまで語って、言い過ぎたという表情をしてまた装置を触り始める。

左頭部が完全に砕けた。だがそんな記憶もない。

「…施術は成功して、このベッドに移されてたんです」

「私はどのくらい、その施術を受けていたんですか?」

「私が柳さんの担当になったのは2年くらいですが…私もカルテでしか柳さんの治療方針を見たことがないです。確か残っている中で一番古いのは、大体50年前でしたかね」

「じゃあ私は、50年意識を失っていたんですか…」

「そうらしいですね。身体も培養液で保管されていたので、老化現象も起きていないのは事実です」

ああ、そうだと男性は胸ポケットからなにやら小さく折りたたまれた紙を取り出し、柳に渡した。

「これは?」

「貴方の略歴らしいです。柳さんが起きたら渡すように言われていました。開くとそれなりに大きい紙になりますよ」

紙を一度開くと、一気に自動でパラパラと開きだす。

『柳祥子

21××年、10月19日生

西エリアで幼少期を過ごす。

中略

18歳、二ホンエリア中央総合大学に入学。近代文学を専攻する。

20歳、成人。同年の大学成績は学年上位30位以内。

21歳、能力者に遭い、頭部破壊される。


幼少期より大人しい性格で、引っ込み思案。心を許した相手には自分から話しかけることができた。

趣味は読書。刃物恐怖症。

大学時代は一人暮らし。

・・・・・・」


勉学に励んでいた。そう言われるとそんな気がする。

紙を見て、なんとなく他の記憶を思いだしてきた。

本が好きで、よく図書館に行っていたこと。

両親は柳のことを放置気味で、お世辞にもいい親とは言えなかった。

周りとは馴染めず、いつも一人でいた。

最初から覚えていたあの記憶に出てきた少年にしか、柳は心を開いていなかった。

柳は少年のことが気になって仕方なかった。だが、最低でも50年は前の話だ。調べても少年は亡くなっている可能性もある。

探すのは無理だろうか。

「私は…これからどうしたらいいんでしょうか」

治療代のことも考えなければいけない。だがどうしていいのかすら、柳には判断できなかった。



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