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起きても何も

柳が目を覚ましたのは、病室のようなところだった。

何故ここにいるのか、それ以前に自分は何者なのかも分からない。

部屋は個室で、居るのは柳ただ一人。頭にはヘッドギアのようなものを付けられている。サイドテーブルには小さな置き鏡と、大学ノートとシャープペンシルがほぼ手付かずの状態で鎮座していた。

鏡で自分の顔を見てみる。肩ぐらいの長さの、毛先だけやや癖のある黒髪。目はパッチリとした二重で瞳の色は明るめの茶色。髪をめくって額を見ると、左半分が痣のようにやや浅黒くなっている。

顔を確認して、柳は自分がこんな顔だったのを思い出した。間違いなく、自分自身だ。

大学ノートを手に取ると、表紙にイニシャルが書かれている。『S.Y』。中を見たが、真っ白のままのノートだった。

ベッドから上体を起こし、少し考えを巡らせる。何か記憶に残っているものはあるのか。

ふと、頭の中に浮かんだのは一人の少年だった。幼い頃の記憶だろうか、その少年は年齢が7〜8歳に見える。

柳と二人で、原っぱのようなところで遊んでいる。少年はボサボサの頭髪で、服もボロボロだった。親に手をかけてもらっていないようだ。

少年と自分はとても親しいのか、彼の表情はイキイキとして、輝いていた。

少年は何かを必死に作っていて、柳に見せてはくれない。

少しして少年は「出来た!」と言って、作っていたものを柳にくれた。

シロツメクサで作られた、花かんむりだった。

何かを言っているようだが、声は記憶に残っていなかった。

記憶として残っているのは、その映像だけだった。

それ以外には、何も残っていない。自分の半生(鏡でみたところ、自分は20代くらいに見えた)も、他の人との関わりも何も覚えていなかった。

空っぽの自分に、柳は違和感を持たなかった。元々人に興味がなかったような、フワフワした気持ちを持つのが今の自分なのだ。

ベッドにはナースコールのようなボタンがあった。とりあえず押してみると、すぐに部屋に白衣を着た男性が駆けつけた。

「目覚めたんですね。今、ヘッドギアを外します」

「あの…私の名前、知ってますか?」

この男は、何かを知っているのだろうか?

「?柳祥子さんですよね」

「柳…祥子」

男性は慣れた手つきで柳の頭に付けていたものを外し、側にある何やら大きな機械を操作する。

「私は何故ここにいるんでしょうか。ここはどこなんですか?」

「柳さんは、大怪我をしていて治療を受けていたんですよ。ここは中央エリアの総合研究院です」


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