もう彼女はいない
粒子が空中に飛び散り、オレンジ色の空に向かって消えていく。
来た時と同じく、冷たい風が独りになった詠斗の身体を冷酷に横切っていく。
詠斗は極限状態になったように死に物狂いで造った笑顔を崩せないでいた。
ハハハ…と砂漠で水分が枯渇した遭難者のように乾いた笑いしか出ない。
サオリは、もういない。
彼女の最後の願いは、詠斗が気になっていた場所を一緒に見て、そして『笑ってほしい』だった。
自分が『笑う』表情など、想像すらできなかった。
詠斗は自分のことにすら執着せず、ただただ機械的に生きてきた存在だった。
サオリは、そんな詠斗に色彩をくれたのだ。
戦いがなければ。存在を知られていなければ。
いつか崩壊が来るとはいえ、こんなに早い別れにはならなかったのではないか?
そんな考えしか、今は浮かばない。
「サオリさん…なんで、『またね』なんて言うんですか。期待してしまうじゃないですか。また会えるなんて。そんなこと、もう起こりえないのに」
またね、がサオリの嘘ではないことは分かる。彼女は本当にそう思っていたのだろう。
だが、詠斗が出会った<サオリ>はもう崩壊してしまった。同じものを複製することはできない。
できたとしても、それは知っているサオリではないのだ。
「僕と会ったことが幸せだったんですか」
「僕はあなたと会って幸せだったんでしょうか。あなたを幸せにできてたんでしょうか」
空問答がばかりが、一人残された詠斗の口から溢れてくる。
「振り回されていただけだった。いや、僕があなたを振り回していた?」
「あの時の笑顔は、真実なんですか?」
ねえ…ねえ…と過呼吸になりながら言霊は絞り出る。
「サオリさんっ…!!」
誰もいない岩場で、詠斗は慟哭する。
熱くなった目頭から、生涯分の涙が零れる。
全てを失くしていた詠斗が、人間に戻った瞬間だった。
もう、いない。いないのだ。
感情を出さない詠斗に、微笑みかけてくれる女性はもういない。
夕暮れの時間が夜になるのに解けていくまで、詠斗は泣き続けた。
泣いて、泣いて、泣き疲れて。
月が昇る頃に、ようやく詠斗は我に返った。
『これからも、エイトが笑って過ごすの』
『約束、してくれる?』
サオリの言葉が、詠斗の頭を夜風とともによぎる。
―——気づけば一枚の小さな羽が、偶然なのか詠斗の目の前に浮いていた。
反射的に羽を掴むと、詠斗はぐっと羽を握りしめ、いつもの無表情になって胸ポケットにしまい込む。
そして詠斗は二ホンエリアの研究施設までの転送機能を起動した。
転送先は、黄瀬の研究室だ。




