割り切れと言われても
湯神の表情は、混迷を極めていた。
あの時白藤は目の前で消えた。それはまぎれもない事実だった。
粒子となり、全世界の人間の体内に取り込まれて消えていった。
…それが湯神が視た真実だった。
記憶改竄の刑を受けても、白藤が消えたことだけは朧げながらも覚えていた。
たまたま知り合った青年と土木業に従事し、寿命を終えて死んだ。
その人生の中で、白藤に会うことはなかった。
「…」
「何も云えないか。そうだよな…」
沈黙を破れない状態が続く。湯神も拓も、どこから切り出していいか分からなかった。
「シン君」
沈黙を破ったのは、白藤だった。
「…なんだよ、白藤」
「ごめんね」
一言静かに謝り、白藤は深く湯神に頭を下げた。
「本当は…もっと早く…動ければよかった…」
「ごめんね、って…」
「震の遺骸が回収されてたこと。また能力者研究が続いていたことも、さおりは知ってたんだ。そして、神を甦らせ、利用しようとしたこともね」
拓が白藤の謝罪に補足を付け加える。
「全部識っていて、私は動けなかった…。身体に作れるだけの粒子が復活して、その時にはもう、シン君は…」
白藤は頭をあげても尚俯いている。謝りたいことがありすぎて、言葉にできない。
何から口にすべきか、分からないのだ。
「…ったく。なんでお前はいつも…。なんでだよ。お前は巻き込まれてなければ、幸せだったんだよ…!なのに…なのに。なんでいつも謝るんだよ!"さおり”!」
前髪で隠れた両目から、ぼたぼたと透明な雫が零れていく。
『なんでだよう…』と湯神は悔しさを吐露していた。
「あれは、誰も悪くなかった。想定外な事故だったってだけだ。だから…」
そんなに自分を責めるな、と拓は湯神と白藤の肩をポンと叩いた。
「でも!俺があの時お前に触れなければ!」
「異能が存在するなんて、予測できないだろう?」
拓はまた、やんわりと笑う。
「なあ、さおり。もう俺たちも待ちくたびれたよな?」
「…拓君…」
白藤が本当に言いたかったことを、拓が促す。
「今度こそ、帰ろう。三人で」
顔をあげて、真っすぐに拗ねる湯神を見つめる白藤には、厳かな空気が纏われていた。
「帰ろうってか…どこに帰るってんだよ…」
ケッ、とやさぐれる湯神に、白藤は微笑む。
「…あの頃に。もう本当は私たちの方が、ここに居てはいけないの。だから…私と拓君はシン君を迎えに来たの」
『もうここに居てはいけない』。その言葉は湯神の内に秘めていた思いだった。
寿命を迎えて死んだ者が、利用されるとはいえ何回も現世に来てはいけないのだ。
白藤は、その悪しき輪廻を消すために動いていたようだ。
湯神は『歪み』の能力で、異質な力を感知できる。
眠っていた時はいくつかの波動を感じていたが、今はこの場に居る者たちからしか感じられない。
手をだらッと下げる湯神の手を、白藤は静かに握った。




