白藤からのお願い
目の前に、ずっと憧れていた白藤がいる。
50年前と全く変わらない姿の彼女が、だ。
クローンである忌々しい人間兵器ではない、正真正銘の『白藤さおり』。
彼女へ向ける想いだけは、一馬本人のものと言い切れる。
そんな白藤に、今の貧相でコンプレックスとも言える貧弱で、なんの経験を積んでいない姿を見られるのは嫌だった。
だが、ここでは能力の類は発動できないようで、擬態をしようと意識しても一馬の身体に変化は起きない。
この数十秒の反応に困っている間、一馬が思考を目まぐるしく回転させているのを拓と白藤は察したのか、
フフッと微笑ましそうにしていた。
「やっぱり、色々考えちゃうんだな」
拓はニッと笑い、一馬の肩をポンと軽く叩いた。
「叔父さん、わかっててやってますよね…?」
言葉で全容を言わないのに、この一言だけで拓に一馬の心理を読まれているのが伝わる。
「私と拓から、一馬君にお願いがあるの」
話が進まないままでは困る。あまり時間がないのだ。
そう思った白藤は一馬にそう切り出した。
「お願い…?」
ほぼ初対面と言っていい一馬に、なんの願いがあるというのだろう。
白藤の表情は真剣で、姿を現した時とは違い、凛としたものになっている。
「一馬君はカミサマに殺されてしまったけど、まだ地上に僅かに身体の残骸が残っているの。
私の能力を使って、その残骸から一馬君の肉体を再生したら…その器に拓君を一瞬だけ宿らせたい」
「…叔父さんの復活に、僕の身体を使いたいってことでいいですか?」
「そういうことになるかな…、ただ、拓君が憑依できるのは少しの時間だけ。その時間が過ぎたら、一馬君が復活する」
拓は魂として存在しているため、肉体に関するものは残っていない。
そこで、血縁関係にある一馬の肉体に一時的に憑依させたいというのが白藤の考えのようだ。
そして、一馬自身の蘇生もできるというおまけもつけて。
「僕は…」
一馬は唇をぐっと噛み、俯く。
両手の拳を力の限り握りしめる。
これは悔しさだろうか。プライドを折られたのか。
『一馬』では、舞台には上がれないのだと思い知らされる。
―――――ここまで彼らの想いは強固なものだと、改めて気付く。
諦めてしまえば、いっそ楽になれるだろう。
でも、でも、でも。それでもと悩む自分がいる。
張りつめた心を解こう。一馬は握りしめていた拳を解き、俯いていた顔を上げて白藤に『いいよ』と小さく呟いた。
祖父のような駒にされても、白藤と拓なら後悔はしない。
「僕の身体、使っていいよ」




