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サオリと詠斗の決断

サオリはまだ体力が万全ではないのを押して、無理に立ちあがった。

「サオリさん、そんな急に動いたら…!」

「…めなの」

普段なら詠斗の顔を見た瞬間そちらに注目をむけるサオリは、起き上がるやいなや戦闘中である洛神と玄森たちへ目を向けた。

野生動物に育てられた文明を知らぬ人間のように、まるで威嚇するように歯を食いしばって戦闘場所を睨みつけている。

「サオリさん…?」

「だめなの…。このままじゃ、()()()()()()()()()()()()…皆死んじゃう…!」

『死なせたくない』とサオリは心の中の激情が形作る濁流に飲まれながら、その言葉を呟いた。


(サオリさんが誰かにこんな表現をしたことなんてない…。そしてそれは、()も同じこと・・・)


正直に言えば、サオリは未完成の兵器だ。

クローンである彼女は、正確な形が形成されてもずっと培養液の中で眠っていた。

植え付けられた性格も素直だとはいえ、それが完全に従順であるかはまた別の話だ。

サオリは社会を、文化を、そして人間を知らなかった。

それを詠斗といる間に驚異的な速さで吸収し、会った当初の『サオリ』という存在が形成されている。

だが、それはあくまで社会の中に溶け込むために必要最小限のもので、彼女は『他人との情』というものを果たして理解していたのか?答えはノーと言える。

毒に冒された黄瀬を助けたのも、『毒が気持ち悪い』と『黄瀬は詠斗の知人だから』という表面的な理由だった。

そして彼女が能力を顕わすときも、彼女の『負の感情』や『好奇心』が先行して出るのであり、『誰かの為に』というのは存在していないに等しい。


そんな彼女が、周囲を明確に『死なせたくない』と云った。

そして詠斗も、今この場に居る人たちを初めて浮遊的な感覚ではなく、はっきりと人間として見ている。

感情を知らないサオリと詠斗は、初めてここに来て人間的になってきているのだった。


「…エイト、力を貸して。」

サオリは振り向かぬまま、詠斗にハッキリとした語句で伝えた。

「エイトが無理できないのも知ってる。でも、ワタシにはエイトの力が必要なの。…お願い、エイト」

そしてサオリは、再構成された『ないはずの左手』を後ろにいる詠斗の前に伸ばした。


詠斗が『操作』するには、彼女にまた覚醒剤を打ち込むことになる。

それはサオリも判っているから、手を差し出したのだろう。『ここに打って』ということだ。

だがただでさえ無理やり回復させているサオリの身体に同じことをすれば、詠斗の<神読>をもってしても消耗は避けられない。

だが、彼女の決意は本物だ。


「…サオリさんが望むのなら。ついていきますよ」


詠斗は刹那の間に、決断した。

サオリが望むのなら、それが最後の望みになるのなら。

叶えよう。悔いのない様に。


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