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哀れな神

異形からは変わらず瘴気が放たれているが、海岸で見つけたときよりは随分と穏やかになっている。

おそらくこの神と思われる存在は、瘴気を完全に抑えることができない。

それは本人の技量不足ではなく、そういうふうに決まっているようだ。

瘴気が穏やかになった今の異形からは、神性を帯びた威厳あるオーラ…後光のようなものが薄っすらと射している。

”…”

タツノオトシゴの顔は、静かにミコトの姿を見つめている。

「怪我は…。傷がもう塞がっている…??」

今では触れるのも恐れ多い。だが深い傷だった切り傷も刺し傷も、嘘のように傷跡も残らず完治しているようだ。

”私は生命を司る者。瘴気を放つ私に接せられるニンゲンがいるとは思わなかった。私を治癒してくれたこと、礼を言う”

口が動いているようには見えないが、何やら念話のようなものがミコトに届く。

その声は威厳のある老人…や大人ではなく、少々幼い男子のような声だった。

頑張って神らしくしようと、背伸びをしているようだ。

”本当はその恩返しに願いを叶えたいのだが…私は無能で…”

『人間の姿にもなれないのだ』とその神はしょんぼりと頭を下げた。




――————その神に、名前はない。

<生命の種>を蒔くために生まれた、一体の神。

本来は、その重要な任務を背負うものとして期待された存在だった。

だが、神の卵から生まれた時―――。彼は『人型』で生まれず、そして生まれながらに瘴気…一歩歩けばあらゆる育まれ来た生命を死に絶えさせるくらいには強力なものを纏っていた。

その瘴気は他の強力な戦闘や治癒を修めている神々でさえも完全には封じられず、なんとか生命のかろうじて殺さない程度にすることしかできなかった。

<生命を育む>という存在でありながら、彼自身は<生命を奪う>という身体。

神も成長する。本来であれば、最初に獣型として生まれても経験を積めば人型に擬態できるようになる。瘴気や激しい闘争心なども、人間と一緒でコントロールができる。

だがこのタツノオトシゴの姿をして生まれた神は、鍛錬を積んでも人間の姿には変化できなかった。

瘴気は強まる一方で、抑えても溢れだしてしまう。


そんな神を、仲間であるはずの他の神たちは侮蔑し、嫌悪し、無視するか心を抉る嫌味をいうだけだった。

ひとりぼっちでも、誰も味方がいなくても神は懸命に生命を生み出し、その姿を見守ってきていた。

神は実直で、なるべく生まれ落ちる生命が幸せになれるように魂を振り分けた。

その使命に対する思いは、神々の中でも一番だっただろう。

だが、神は気づいていなかった。

生まれたものたちは概ね幸せになるものの、不満や悲しみは必ず抱く。その負の思いを、知らず知らず神が吸収してしまっていることに。

生命を生み出せば生み出すほど、神は負を吸い込んでいく。

人格に全く影響が出ないため、何故瘴気が強まっていくのか判明しにくなったのだ。


抑え込みきれなくなった神を、他の神々は追放した。

命を大切に思っていたのはこの神だけで、他は傲慢になった人間や動物をどうやって処理し、また別の『遊び道具』を作るか協議していたくらいだ。

下界に興味があった落神は、人間を見るために海上を移動していたのだが、その姿から怪物とみなされその瘴気が海岸沿いの村人を発狂死させていた。


そして畏れた人間は、その神を『災厄の魔物』として瘴気の及ばぬ場所から集中砲火を浴びせた―――ー。それが、この神がこの世に降りた理由だった。


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