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昔々の話⑧

目を覚ました巫女の周りには、女官たちや黒子たちが大勢いた。

皆、黒布や白布で顔を隠し、手を目の前で水平に組んで荘厳な空気で巫女の目覚めを待っていたようだ。

「目覚めたか。『下界送り』はさぞかし苦痛であっただろう」

聞きたくもなかった、巫女が一番嫌っている者の声が頭の上の空間から聞こえてくる。

全てを見下し、俗世を嫌悪する、雲のように浮いた声。

当主…実父の声だった。

その浮世離れした声が、まだ意識がはっきりとしない巫女の頭を真綿で絞めて洗脳するようにフワフワと揺さぶる。

「ああ、起きなくてよい。これでミコトは晴れて真の『巫女』となれたのだ。汚らわしき者たちを導く者として、これからは神託を受け、その御心を伝えていくのだ」

(神託…)

下らない。汚らわしいのは巫女の一族の方だ。『下界送り』で巫女はよく分かった。民は必死に生きようとしている。どんな環境でも、必死に自分の、他人の命を守ろうとしているのだ。

その必死に生きる者たちが必要とする『拠り所』を見下し、利用し、更にその必死さを嘲笑う。

巫女の一族は神託を受けることができる者なのは確かだ。それを、神に近き存在と勝ち誇る。驕る。

自分たちが<不快>ならば、容易くその相手を手を下さず殺し、下手人もその行為を<正義>と云う。

「今日は一日休むがよい。まだ下賤なる者たちへの不快感が取れていないだろうからな。不安定な心で神に仕えるのは不敬であるぞ」

そう当主は言い終わると、スッと手に持っていた白い勺を短く掲げ、お付きの者と共に部屋を出ていった。

その際、見たくもない顔が目に入った。

巫女に一度も向けたことのなかった、笑みの顔。

巫女は幼い頃から今のような考え方をしていたため、一族からは嫌われていた。

父親は暴力こそ振るいはしなかったものの、勉学や修行の時間を他の兄弟の倍にしたり、愛情を向けることなく巫女をいないものとして扱っていた。

褒める、労わるといった意味合いの表情など見せたことはなく、気の狂った子として見ていた。

そんな当主が、邪意なく笑った。


――――心底、気持ちが悪かった。


大部屋が埋まるくらい控えていた女官や黒子も、当主の退室と共に速やかに抜けており、周りにはあっという間に誰もいなくなっていた。

寝かせられていた布団から上半身を起こし。巫女は虚ろな顔で胸の辺りをキュッと握りしめた。

まだ飲まされた丸薬が効いているのが分かる。いや、この丸薬は永続的なものかもしれない。

頭に感情が浮かばないのだ。今まで目まぐるしく動いていた感情の波が、まるでない。

気を抜けば、スイのことさえ忘れてしまいそうなくらい、その静寂は巫女の心を悪い意味で真っ新にしようとしている。

そして、元々この屋敷には、何かしらの術がかけられていることに気付く。

『下界送り』前には特に異変には気付かなかったが、人の心を削ぐ何かが作用している。

奇しくも『下界送り』は、いままで開花していなかった感性を啓かせたようだ。




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