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昔々の話⑦

(ここは…どこ?スイさんを…助けなきゃ…スイさんは…どこ?暗くて何も見えない…)

巫女の意識は、ただただ真っ黒な空間の中に在った。

手元を見ると、自分の身体は何やら細やかな光が纏われているらしく視ることはできる。

だがその光が照らすのは極僅かな範囲で、周囲の闇の中に何があるのかは判りそうにない。

呼吸がし辛いだとか、身体が闇の中で怠いだとかという負のモノはない。

寧ろ<自分>という存在すら、その荘厳で静寂に満ちた闇に解けていって無くなりそうだ。


―――全てを取り込む無の世界、と形容する以外なかった。


早くここから脱出しなければ、巫女の意識も消えてしまう。

自分を助けてくれたスイを、一族の身勝手な思想で殺してしまう。

神託に縋ることで生きてる巫女の一族とは違い、スイは自分の足で立って、自分の力で生きていた。

どんなに身分の差や出自で侮蔑されても、生活に困っても、彼はどこまでも太陽のように明るく、他人に優しく接せられる人だ。

死なないでほしい。一族が全員死ぬことになってもいいから、スイにだけは生きていてほしい。

丸薬を飲まされた直後では、まだスイは意識があった。

まだ、間に合う。

『ミコト』

「スイ…さん!?」

愛しい人の声が聞こえたのだが、素直に喜べない。

ここにいるということは、スイは…。

巫女が振り向くと、そこにはスイの姿があった。

「スイさん、スイさん!南蛮銃の傷は…」

「大丈夫だあ。心配してくれてありがとなあ」

スイの手を取ろうとしたミコトを、まるで最後と言わんばかりに彼は抱きしめようとした。

だが、スイの手は、身体は巫女の身体をすり抜けてしまった。

「…無理、かあ。ミコトの家の事、聞かせてもらったのに。俺、バカだから何にも気い使ってやれなかった。『見送りたい』『これでもう遇えない』って思っちまったばっかりに。結局ミコトに迷惑かけちまった」

半ば空ぶった体勢のまま、スイは悲しそうに呟いた。

「そんな訳ないでしょう!迷惑な訳ないでしょう…!私が…スイさんを…恩しかない貴方を殺してしまったんです。私のせいで…」

巫女が歯を食いしばって、必死に紡いだその言葉は後悔と怒りと悲しみを一緒くたにした泪に濡れていた。

その悲しみが有り余るスイの背に被さろうとしても、もう触れることはできないのだ。

溢れ出る感情を必死にかみ砕こうとする巫女の方を向いて、スイは微笑した。


「ミコト。おめえはまだ帰れる」

「…嫌」

「大丈夫だ。俺はここにいるから。いつまでも待つから。その時はまた一緒になろうや」

「嫌…!」

「俺からのお願いだあ。惚れた女には、ちゃんとカミサマからもらった命を全うして、それからまた遇いてえんだ」


『なっ?』とスイが出会った時と変わらぬ笑顔を向けると、彼の身体がスウッと透け始める。

「スイさん…!!」

「待ってるからなあ」

スイが完全に消える頃、真っ黒な世界は白とのグラデーションのように消えていき、巫女の意識は現世に戻っていた。





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