束の間散歩
「私の帰りが分かるんですか?」
サオリが玄関に居るタイミングの良さに少々驚く。
「エイトの足音、聞こえたの!なんでかな、エイトの足音ってハッキリ聞こえるんだ」
「どのあたりから聞こえてましたか?」
データとして気になる。本当はこんな問いは失礼にあたるのだが。
「うーん、ちょっと前からかな?エイトの足音はタンタンとしてるから、すぐわかる。ワタシのとは全然違う」
期待はしていなかったが、サオリの話を聞いても細かいことは分からないようだ。詠斗が笑いを堪えるかのように口角を上げると、サオリは嬉しそうにした。
「エイト、笑いたいの?」
「いや、特には…」
「笑いたいときは、笑ったらいいんだよ?」
面白いと思って笑ったことはない。大体ほとんどの物事に興味を持たないのだ。少し戸惑った詠斗は、サオリには笑いを堪えているように見えたのだろうか?
「気になさらず。さて、約束通り外に散歩をしに行きましょうか?」
ワイシャツの裾をまくり上げ、詠斗はサオリに手を差し伸べた。
「うん、行く!」
サオリは上機嫌で詠斗の隣を歩いていた。目に映るもの全てが初めてであろう彼女は、あれは何、これは何と聞くよりも五感で<外>というものを感じ取ることに夢中になっていた。
「今は、ヨルっていう時間?」
「そうですね、小夜と呼ばれる時間帯でしょうか」
「道が明るいのは、この灯りのおかげ?」
サオリは電灯を指さす。
「そうですよ。夜になると電灯が灯って、夜を照らしてくれるんです。日中は太陽が出ていますが、本当の夜は真っ暗ですからね」
詠斗の説明に、サオリは目を輝かせていた。
ふと、昔のことを思い出した。詠斗が家で夜に本を読んでいると、崎下は天体望遠鏡で宇宙を覗かせてくれた。
「このあたりは光源がない。本当の闇は真っ暗で何も見えないんだよ」
何気ない言葉ではあるが、詠斗がずっと覚えていた言葉だ。
サオリと一緒に向かったのは、崎下邸から徒歩10分くらいの所にある小さな名もなき公園だ。数十年前に造られた公園だが、今は周囲が無人で寂れてしまっている。あるのは緑色のペンキが剥げかかった古びたベンチと、ネットが張られた小さな滑り台、鉄棒だけだった。
「見栄えはしませんが、私はこの場所が好きなんですよ」
詠斗はベンチにゆっくり腰掛け、サオリを隣に座らせ空を見た。サオリは大人しく指示に従ってベンチに座った後、真似をするように空を見る。
「サオリさん」
「なーに、エイト?」
名前を呼んだものの、会話内容が浮かばない。しばらく沈黙が続くが、サオリも詠斗も気にしていないようだった。黙っていても、居心地がいい。そう詠斗は思っていた。
二人でベンチに座っていると、今日は風がない日のはずなのだが目の前でつむじ風が起きた。変に思っていると、どこからか黄色い粒子が集まってくる。
(まさか…)
黄色い粒子は大小合わせ急激に集結し、一人の人間を形作っていく。
粒子が集まり切り、その場に現れたのはサオリと同じ姿をした人間…白藤さおりだった。




