託されたものと昔々の話①
相変わらず心中と表情が一致しない詠斗のことを、巫女はサオリと同じ苦笑いを浮かべ感慨深そうにした。
〈何代変わっても、本当にそっくりなのね…『オクヒト』〉
「オク、ヒト…???」
巫女の口から出た『オクヒト』という名を、誰かから聞いたことはない。
だが普段なら気にも留めないその人の名が、詠斗の何もない心の器を雪解け水がゆっくりと浸透していくようにじんわりと染み込んでいく。
墓標が漂わせた緑色の粒子を見たときに感じた慈愛を示していたのは、この巫女だったのだと歓喜で心震えている自分がいる。
無意識に心臓を掴むように胸元を掴んでいた詠斗は、また言葉が出なくなっていた。
巫女は祈りを捧げるように両手を組み、姿を変えていく。
姿が電子映像の乱れのようになって数秒経つと、詠斗の目の前には純白の勾玉に細い珊瑚色のミサンガを通したペンダントが浮いていた。
〈これをカミサマに届けてほしいの。きっと、意味を分かって下さる。<貴方>も、全部解るから〉
何故だろうか、その勾玉をどこかで見たことがあるような気がしてならない。
詠斗が一度唾を飲んで、勾玉ペンダントを手に取ると緩やかな突風が吹いて残りの粒子と巫女の残骸を空へ巻き上げていった。
目を開ければ、墓標は元の朽ちかけた石になり、醸し出していた神聖な気配は嘘のように消えていた。
勾玉ペンダントを手に取った瞬間、全てが濁流の様に思い起こされる。
時間がないために巫女は口に出すのをやめて、この勾玉に思念を込めたのだろう。
――――巫女は、遠い遠い昔の詠斗の母親だった。
巫女になる前の彼女には、身分違いの想い人がいた。
相手は農民の男で、およそ当時の理想である逞しい男性とは真逆の弱弱しい風貌だったが、性根が優しく笑う顔が太陽のように眩しい者だった。
対して巫女は代々神事を執り行う家に生まれ、厳格に育てられてまもなく巫女として勤める頃に男と出会った。
それは巫女になる前の『下界降り』として、一日だけの自由が許された時だった。
そもそも神事の家系は人との接触を禁じられ、ただただ神に祈りを捧げ豊穣や平和を呼び寄せるのが仕事だ。
『俗世の人と交流があれば邪念が混ざる』と固く信じられているが、『下界降り』は人の状況を識るために一度だけ許される特別な日である。
巫女たちの生きた時代は、およそ穏やかな時代ではなかった。
作物は生まれる前から不作に見舞われ飢饉が続き、多くの人は餓死し略奪は日常そのものだった。
僅かな食料は上流階級に取り立てられ、他国の土地を責め領地を奪うための兵站に使われる。
だが他国も飢饉に見舞われており、お互いが奪い合おうとする地獄のような状態だったのだ。




