神域
最初はジジッ、ジジジ…と画面が乱れるように不安定だったその手は、完全に実体を持っていた。
サオリの<ないはずの左手>なのに既視感があるということは、大元である白藤の手だろうか?
いや、何回か出没した際に白藤が具現化しても、ここまで生身を感じさせなかった。
というのも実体を持てるとはいえ、白藤はあくまでも粒子の集合体以上にはなっていなかった。
彼女が本気を出していないだけなのか、それとも<形を形成する>状態にしかなれないのか。
『こっち。』
そう言われたような気がする。腕をグイグイ、と二度引っ張った後に手を離し、詠斗の目線の高さまで浮いてどこかに案内しようとしている。
時間は正直ないのだが、この白藤…サオリそっくりの手の姿が何か大事なことを伝えようとしているというのを頭のどこかで感じ取っていた。
詠斗が意を固めたことに気づいたのか、左手は詠斗の歩くペースを熟知しているかのように絶妙な速さでその場所への案内を始めた。
進行方向は禍々しい気配のする交戦地からやや南にずれた森の方だった。
島の船着き場から見えたこの島の森は
大きく成長した木々が乱立しているが、密度は高くないため日差しが入り鬱蒼としている感じはしない。人の手が殆ど入っていない土地のはずだが、雑草もあまり伸びておらずまるで誰かが管理している様な地面で非常に歩きやすい。
空気も島に漂っている重苦しいような不可思議な空気とは違い、木々で浄化されているように澄んでいる。
気が付けば周囲に気を払わずに、ただただその手を追いかけていた。
左手は森の広場のようにぽっかり空いた円形の空間に入ったところで進むのを止めた。
均整に、完璧に整えられている芝生が生えたこの空間の端に、古びた墓標のようなものがあった。
それは自然の石をそのまま力ずくで地面に突き刺したような、無骨なもので、それを証明するかのように刺さっている石の淵には土が盛り上がり、芝生上のあちこちに土埃が散っている。
石のサイズは大きく、詠斗の背丈よりもやや高い。
突き刺されてから時間は相当経っているらしく、石はかなり風化しボロボロと風が吹くたびに表面が崩れる。
全体を見回したが、特に何か文字や記号も書かれていない。
その石は明らかにどこにでもあるような、ありふれた性質のものなのだが、詠斗でさえ息を飲むほどの神聖な気配を放っている。
様々な色の粒子がこの墓標?の周りで絶え間なく漂い、まるでその粒子たちが何かに寄り添っているようだ。
一通り眺めた詠斗が墓標の正面に立ち息を飲んでいると、左手は詠斗の横で解けていくように粒子となって宙に霧散し始める。
「…サオリ、さん…!?」
詠斗がやや遅れて左手が消えかけていることに気づき、手を掴もうとしたがその手を掴むことはできず、残っていた手の欠片を詠斗の指がすり抜けた。




