何を司る
『僕は…』とその心境を悲痛なまでに吐露する桜井の身体が完全に塵となり、見計らったように吹いたつむじ風で空へ飛ばされていく。
「フン…その力すらも、『紛い物』…いや、借り物か。つくづく哀れで、みじめな男だ」
リィエンは桜井だった塵が飛ぶのを見て、今まで表していた尊大で高圧的な態度とは裏腹に何とも言えぬ表情を一瞬浮かべた。
すぐにその表情は張り付けたような笑みに変わるが、一瞬の表情は何だったのか。
どこまでも傀儡だった彼への哀れみか。<自分>というものを持つことを許されなかったことへの同情か。―――どこか自分と重なるものがあることを知っていたからか。
リィエンなりの、桜井『一馬』への手向けだったのかもしれない。
「桜井司令官が…消えた?」
「…ええ。幻ではないでしょう。<吸収>されたようですね」
高橋には桜井が何も成すすべなく消えたことが衝撃的すぎて、呼吸をするのも忘れるくらいだった。
その姿すら、張り付けられたものだったのも輪をかけて彼女を混乱させていた。
対して礎は比較的冷静だった。今まさに桜井のエネルギーを使い、形を完成させようとしているそのシルエットは、良く見慣れた彼の姿そのものだからだ。
「ゾクゾク…してくるな。早くその力を我が物にしたいぞ…!<落神>!」
【Hru nin 】
「お出ましか…!」
「!!二人とも、下がるんだ!」
紺野がかつてない大声で、咄嗟に高橋たちの方へ振り返り叫んだ。
光球が、眩い閃光を弾けさせるせいで、目が眩まされるが、すぐにその眩みすらも吹き飛ばされる程の禍々しい空気が祠の周りを侵食する。
生えていた草が瞬く間に萎れ、側の木は生命力を奪われたように生やしていた青葉や枝を散らし朽ちていく。
まるで生命の一生を早回しで見せられているかのようだ。
【hm knngst…】
何かしらの言語を発しているようだが、思いつくどの言語にも該当しない。
意味が分からないはずだが、ふんわりとその存在が言わんとしていることは伝わる。
『人間』を憎みながらも、憎みきれない。赦したくても赦せない。そんな相反する心がひしひしと伝わるようだ。
「嘘でしょう…桜井、司令官…!?」
高橋がそう呟いた瞬間、彼女の身体の中に毒物が入ったかのような反応が唐突に起きる。
「高橋たいい…グッ…!?」
「二人とも、転送機能を使うんだ!君たちでは、生きていられない…!!」
身体の中から肉を溶かされているような形容しがたい激痛と共に、口からは前触れもなく血が溢れ出てくる。
「でm…!」
残りたいのはやまやまだが、生命の危機をはっきりと感じる。
何かを口走る時間はもうない、と礎は口元を押さえながら横に首を激しく振り、転送機能を起動した。
紺野から渡された回復薬を使用分以外その場に残して。




