スイ・リィエンの過去
リィエンはかつてないほど上機嫌だった。
まもなく待ち焦がれた全てが手に入る。『神の依り代』から全てをコピーすることで、自分が何者にも御せぬ存在に成り代われるのだ。
そうすればこの世界を手にすることなど造作もなく、この渇きも止められるだろう。
スイ・リィエンの幼少期は不遇なものだった。
父親はプレスキーエリア人、母は二ホンエリア人。
父は軍人で、子供の頃にかまってもらった記憶は一度もない。母は敵国の人間ということもあって、近隣住民から迫害されていた。
だからなのだろうか、母はリィエンが12歳の時に突然死した。
母も父も、リィエンに興味はないようだった。母はストレスで情緒不安定になり、リィエンのことを度々ストレスのはけ口として詰った。
『お前がいるから私は逃げられない』というのが口癖で、機嫌が悪い時にはリィエンを物置に監禁し、食事もまともに与えず時には鉄棒を持ち出し殴打していた。
耐えかねて脱走すると、何故か父が必ず見つけ出しまた殴打された。
リィエンには変わった才能があった。それに気づいたのは唯一の友であった少年が組手を教えてくれた時だ。何も分からぬリィエンに型を披露すると、その型を瞬時に模倣することができたのだ。
元々筋肉量が多かったリィエンは、その力の差で初見で友人を負かせたのだった。
友人は僻むことなく、純粋にリィエンを称賛してくれた。
だが友人はその組手をした日以来、姿を見ることはなかった。友人の家系は軍人で、噂によれば家族ごと戦地に送られたとのことだった。
母が死んだ後、稀にしか家にいなかった父がリィエンを軍に強制的に入隊させた。
「この時をどれだけ心待ちにしたか、お前は分からないだろうな」
そう父は言った。その時までは知らなかったが、父は軍では有名な将軍で、体術・頭脳共に優れ称賛されていたらしい。
「母さんをおかしくしたのは、父さんだろう?」
父は母を二ホンエリアから拉致し、強引に入籍して半ば強姦のような形をとってリィエンを孕ませたと聞いている。
「俺はいらない存在の癖に」
毒づくリィエンに、父は無言で顔面を平手打ちした。
「お前を生かしていたのは、その類まれな才能を開花させ軍属にするためだ。今まであの女の虐待を許していたのも、単に才能を磨くためだ」
平手打ちの衝撃で、リィエンははるか遠い壁に叩きつけられた。鋭い眼光で父を睨みつけると、彼は不敵に笑う。
「私を殴ってみろ。今までの恨みをぶつけてみろ!!」
父はそう言って、リィエンに近づいた。




