敗走、脅威
管制塔の職員たちは呆然を通り越して顔面蒼白になっていた。
ものの五分も経たずにキュウシエリア全土が砂となって海の中に沈んでいったのだ。
衛星地図で確認しても、その事実は明らかだった。
民が少なからずいたと言っても、容赦なくエリアを沈めた芹馬にドン引きしていた。
サオリは右手を下げたあとも顔色一つ変えず、何も感じていないような冷徹極まりない無表情のまま宙に浮いていた。
「どうだ、素晴らしいだろう!まさに人智を超えた能力がここに実現しているのだ!」
自慢げに笑う芹馬に、職員たちは苦笑いをするしかなかった。
「彼女は…芹馬高官直轄の能力者で?」
機嫌を伺うように職員が聞くと、『そうだ』と豪快に、邪悪に芹馬は嗤う。
「これからかの兵器をヤンガジ地区に向かわせる。そこには桜井の若造と無謀な戦いを仕掛けてきた敵国の愚か者、そして反逆者も揃い踏みだ。何、この兵器が出向けば全てを殲滅できるであろう!」
くれぐれも邪魔をするな、と芹馬はドスを利かせた声で管制塔の職員に言い含めて現場を映すモニターの前に趣味の悪い豪奢な椅子を置かせて高みの見物に入るのだった。
「はあ、はあ…」
深く傷を負った跳宰を背負いながら、桜井はヤンガジエリアまで能力である雷の速度を利用してたどり着いていた。
自身も万全とは言えない。撤退する際に玄森の放った弾丸が一発背の右肩に命中していたのだ。
跳宰は軍のブースに襲撃をかけた玄森の猛攻を身を挺して防ごうと動いたのだが、彼の猛攻は鬼神を超えると思わせるくらいの憤怒で構成され、到底抑えきれるものではなくなっていた。
能力者の能力の威力は、その人間が抱く感情に大きく影響を受ける。
今でもストレスカウンターを付けることは義務付けられており、且つ50年前の物を改良されているのだが、玄森の怒りはその許容量を遥かに超えているのだろう。
50年前の重要人物、湯神震に肩を並べるほどの激情かもしれない。
それなりの場数を潜ってきた桜井にでさえ、そう思わせるのだ。
無論、桜井も応戦した。だが玄森には桜井の能力に対する対策が取られてしまっていた。
雷撃で攻撃をしかけても、身体を抵抗力が異常なほど高いゴム化状態に変質させられるのだ。
その身体は雷の刃も通さない。そして跳宰の土による物理的な攻撃も全て弾き返すという反則ものの強度を兼ね備えていた。
それでいて、ありとあらゆる凶器を作り出し、容赦なく攻撃してくるとあっては手に負えなかった。
やむなくヤンガジエリアに撤退したのはそういうことだった。
今は少し時間が稼げる。呼吸が弱くなってきている跳宰を地に寝かせ、無数に付けられた傷跡に片っ端から持っていた回復液をかけて桜井本人の身体を顧みずに治癒しようとした。
だが、傷の治りは軍最高の回復液をもってしても非常に遅かった。
失血死がかろうじて免れるかどうかというレベルにしか治らないのだった。




