クリスマスS S
もしクリスマスだったら…のS Sでした。
今日は詠斗にしては珍しく仕事のない日だった。
大抵何かしらのデータ解析や会議が入るため、丸々1日空いているという日は基本的にない。
詠斗自身、手を動かしていないと落ち着かないという半ば職業病な面があり、何かをしていないと落ち着かないのだ。
だが今日に限ってデータ入力も全て終えており、纏める書類などもない。
黄瀬からも「年末が近いからゆっくり休んで』と笑顔で言われる始末だ。
仕方がないので、何の意味もなくパソコンのキーボードを叩いているという状況だ。
キーボード音は、詠斗の心を癒してくれる。
カタカタという音が心地いいが、時間の無駄でもある…と詠斗は内心複雑だった。
ふと、サオリを放置していたことを思い出す。
いつも居るこの居間に目を向けるが、サオリが来た形跡はない。
今は夕方になろうとしている。この時間まで彼女がここにいないのも珍しい。
また身体維持ができなくなったのか?と思った詠斗は駆け足で二階に上がった。
二階には、サオリがお気に入りの部屋がある。
三角形の屋根裏部屋のような形をした部分で、隠れ家のようだと好んでいるのだ。
「サオリさん」
詠斗が扉を開けると、案の定サオリはそこにいた。
扉を開ける音に気づいていないのか、ただただ大きな窓から外の景色を眺めている。
「サオリさん?」
やや大きめに声をかけると、サオリはハッとしたように振り向いた。
「あ、エイト」
「何を見ていたんですか?」
詠斗が彼なりに優しく聞いてみると、サオリは窓を指差した。
「白いの、降ってて。あと、あの光…街かな?何か、すごく楽しそうな感じがするからずっと見てたの」
居間に窓がないので気がつかなかったが、外は静かに雪が降っているのをサオリはずっと見ていたようだ。
街が楽しそうな感じがする、というのはよく分からないがサオリは何かを感じているようだ。
「…行ってみましょうか?街に」
どうせ今日は何もすることがない。寒いのは嫌だが、時間潰しにはいいだろう。
「いいの?エイト、お仕事じゃないの?朝見たときも、何か仕事してたから」
サオリ曰く、どうやら一度起きて居間に来たが、詠斗が時間潰しに行なっていたキーボード打ちを仕事だと思って二階に引き上げたらしい。
「あー…。大丈夫ですよ。ちょっと、考え事してただけですから」
暇つぶし、とは言えなかった。
詠斗はサオリを居間に連れて行き、藍色のダッフルコートを着せ、自身もダウンを着てマフラーを巻く。
「ああ、首元冷えるんでこれも」
同じデザインの色違いをしたマフラーをサオリにも巻き、外に出てセレリタス号を出した。
「寒いねー…。こんなに冷えるんだ」
外の冷気に、サオリは少々驚いたようだ。
そう言えば、散歩をしたのもまだ暖かい時期で、冬になってからサオリと外出したことはなかった。
「車の中は暖かくなりますから、大丈夫ですよ」
サオリを助手席に乗せ、街の中心部へ向けて走り出す。
山を降りて高速道路を走っている間、サオリは外の景色をずっと眺めていた。
少しずつ夜に向かう空と、そこから深々と降る雪がサオリには綺麗に映るようだ。
ガラス越しに映るサオリの表情を見て、詠斗は初めて見るにしても、よくそこまで眺めていられるな…とやや冷めていた。夕暮れと雪が重なった自然現象というだけなのに、と思ってしまう自分に情緒がないことが身にしみる。
市街地に入り、適当なところでセレリタス号を止める。
車から降りて、詠斗は今日は何かの日だと気づく。
すでに街がイルミネーションで飾り付けられているのだ。
何かあったか?と考えていると、サオリに手を引かれる。
「こっちから、楽しそうな感じがするの。行こう、エイト!」
「あ、あんまり走ると転びますよ」
早く早く!とサオリはいつものように走り出そうとするのを、何とか制御しようとするがそれで彼女が止まる訳がなかった。道ゆく人の数も心なしか多い。ぶつかりませんようにと祈りつつ、サオリは人混みの間を器用に縫っていく。
「ここ!」
サオリが急に止まるので、詠斗はそれの手前にあるベンチに顔から激突した。
「だ、大丈夫?エイト」
額をベンチの面に強打したが、大したことはなかった。
「大丈夫です…」
額を摩りながら顔を上げると、そこには巨大なクリスマスツリーが飾られていた。
「今日…クリスマスですか」
ツリーには電光掲示板で0日と書かれている。クリスマス当日なのを、詠斗はすっかり忘れていたのだ。
「クリスマス?」
手を貸してくれたサオリがキョトンとする。
「古に成立した、異国の宗教の降誕祭が元らしいですね。このニホンエリアでは、親しい人と過ごして贈り物をしあうという風習に変わっていますが」
「そうなんだ!」
サオリは嬉しそうにツリーを眺める。
金の鈴やお菓子を模した飾り、ラメが入った白綿がふんだんに使われて降り、ツリーの先には大きな金色の星が輝いていた。
何故こんなに人は色めきたてるのだろう、と詠斗は疑問に思った。
ただの平日と変わるものではないのにと解釈していたため、何の感慨も湧かない。
「幸せな感じ、ここから来てた。やっぱり、特別なんだね」
「特別?」
喜んでいるサオリにストレートに思っていることを言うのも無粋だろう。夢を壊すような大人ではない。
「異国っていうことは、元々ここには関係のなかった人なんでしょう?昔の人なのに、今生きている人たちも幸せにしてくれているんだよ」
その言葉は、サオリの言葉だろうか。それとも、白藤が混じっているのだろうか。
どちらにせよ、彼女がそう言い切るのが意外だった。
「カミサマに選ばれた人だったんだね、きっと」
サオリはそう呟いて、空を見上げた。
今日は快晴で、夜空となった空間には無数の星が小さく輝いていた。
詠斗は喜ぶサオリの側にいることは、悪くないと思った。
自分には無価値だったものに、彼女は鮮やかな色彩をつけてくれる。
詠斗はそっと、天真爛漫なサオリの隣に立ち、一緒に空を見上げるのだった。
願わくば、このささやかな時間が続きますようにと。
ーサオリたちが帰った後ー
「…やっぱり一人、か」
人通りがほとんどなくなった0時前、白藤はクリスマスツリーの前に立っていた。
50年前は、ここに湯神と拓、白藤の三人で毎年来ていた。
何をするわけではない。イルミネーションで飾り付けられた街を歩いて、露店街で暖かい麺を食べる。
粒子化してからもその思い出が忘れられず、白藤は一人ここに現れる。
<<-ーーさおり>>
今年もいないと諦めていた矢先、声が聞こえた。
「拓…君と、シン君…?」
白藤が声のするツリーの裾に目をやると、そこには生前の拓と湯神の姿が見えた。
実体があるわけではない。どうやら白藤だけに見える思念のようだ。
「来てくれたの?」
<クリスマス、だからな>
<…拓が誘ってくれたんだ>
<なあに言ってんだ、シン!お前、態々抜け出して来たくせn>
<…うるさい!>
湯神の肩を抱いていた拓はポロっとこぼした言葉で、肘打ちを食らって咽せている。
そんなやりとりが、白藤にはとても微笑ましかった。
そう、これが本当はずっと続くはずだったのだ。
「もう、シン君…」
<そんなことより、早く行こう。俺たちが居られるのは日付が変わるまでだから>
<拓、もう10分もないぞ?>
<エッ、まじか!ど、どうしよう…>
計画性のない拓に、湯神は呆れているようだ。
「いいの。ここで、三人でいよう?」
白藤がはにかんだように微笑むと、湯神は仕方がないなというようにベンチに座った。無論、拓も強制的にだ。
「少しだけど…嬉しいよ。ありがとう、二人とも」