片鱗
『思い通りにさせたくない」と言う言葉からは、先ほどまでの飄々と煙に巻いたような態度が含まれているとは思えなかった。
「君達が思う通り、結局このニホンエリアでやっていることは生きる人への冒涜であり、侮辱だよね。僕と同じ考えの人がいて良かったよ。軍人どころか、一般市民にも利用できるものは利用しろって考えの人が多くてさ。嫌になっちゃうよね、ほんと」
感情を押し殺しているのか、それとも単純に行き来が激しいのか分からないが、この紺野という男は口調はともかく、軍人の中では割と真っ当な神経を持っているようだ。
「…僕はね、漆と一緒にいた。境遇が悲惨なだけで、今の彼はその過去を踏まえた上で真っ直ぐ生きようとしていたし、柳祥子?のことをちゃんと大切に思っていることも伝わったんだ。そこには今の人達が捨て去ったモノがちゃんとあったんだ」
紺野が語っている間、彼のストレスカウンターの画面は赤く点滅していた。司令部から何かしらの司令、もしくは彼を殺めんとする威力の物が注入されているのだろうが、どういうわけか紺野は全く反応するそぶりを見せない。
「ちょっと待ってね」
紺野は礎と高橋がストレスカウンターの動作を見て集中できていないのに気付き、『僕にも鬱陶しいしね』と言って
左手についているストレスカウンターをぐっと右手で握った。
「!?」
紺野に強めに握られたストレスカウンターは、握力で豆腐のように崩れ去った。
普通ならあり得ないことだ。ストレスカウンターは人間の能力ではどうすることもできないくらい堅牢に作られている。能力者の劇毒や破壊力を食らっても壊れないほどのものなのに、彼はそれをただ握るだけで破壊したのだ。
腕に深く食い込んでいる特大サイズの円錐を引き抜くと、それは大量の黒い毒物と思われるものを吹き出しながら地面でのたうちまわった。
「僕にこんなの効くわけないのになあ。まあ、いいか。これで邪魔なのをとるキッカケになったし」
唖然としている二人に、紺野はまたフッと笑う。
「あ、サブは作ってあるから、大丈夫だよ。こっちは自分で作成したから制約機能もないし。付けてないのは問題だしね。…僕はさ、もう負の連鎖をさせたくないんだ。ずっと傍観者でいようと思っていたけど、正直事態はあんまり良くないしね。あの人一人じゃ手に負えない」
「あの人、って…?」
高橋の言葉を聞いて、知らないよねと紺野はポリポリ頭を掻いた。
「50年前の当事者で、今も粒子として存在している人がいるのさ。その人は今このニホンエリアで蠢いている色々な動きを止めようとしてる」
紺野とその人物は、言葉で言うなら『超越者』なのだ、と彼は言った。
「僕の願いは、二度と人間兵器を誕生させないこと。漆のようなループを繰り返させないこと」