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二つのゆりかご

合図と共に現れた兵士は、立ち上がろうとしていた高橋の肩を乱暴に掴み、宙ぶらりんにして体勢を無理やり返させた。

「行くぞ」

低く野太い声をした兵士は、礎にナイフを突きつけながら退室を促す。

逆らっても仕方がない。礎は不快な気持ちを心に押しとどめながら黙って従った。

黙々と屋敷の中を歩いていると、徐に礎は私語を漏らした。

「高橋研究員、貴方は被験者だったんですか」

様子を伺ったが、兵士は特に反応する素振りを見せない。立ちどまらない限り、話はしても大丈夫なようだ。高橋は礎の問いに、前を向いたまま小さく頷いた。

「私は<一部の感覚を極限まで引き上げる>実験の対象者だったの、礎隊員」

「感覚を引き上げる…」

「私の目、色素殆どないでしょう?ほぼ、視えないんです。その代わり、直観力と聴力が上がって会っている人がどのような人物かを想像することができるので私生活に影響はほぼないんですがね」

「それなら、芹馬高官の言う失敗作には当たらないのでは?」

「…私、実験されてから長く廃人同然だったので。視力を失った失望と、情報過多の感覚に精神がやられたんです。すぐに療養施設に送られました」

淡々と語る高橋に、礎は若干引いた言葉の切れ端を漏らした。

高橋が感情の起伏をほぼ見せないのも、この過去があったからなのだろう。

「詳細は分かりませんが、桜井司令官が持つお力で私は精神を安定に戻され、身体のリハビリや感覚の制御の訓練をして、桜井司令官管轄の所属研究員として働くことが許された」

その際に、桜井には他者の命令に従わないことを厳命されたと高橋は付け加えた。

「研究員として数年働いた頃、玄森漆の目付け役になる命令が下りました。それが私の今までの経歴」

「…」

軽いとは言えない過去に、礎は沈黙していた。ある意味、柳や玄森とも近いのかもしれない。

「礎さんは…心の鼓動がずっとニヒルに感じられるんですが。なにかあるんですか」

高橋が少し礎の方に顔を向け、またすぐに正面を向きなおす。

「大した過去はない。ただ、否定され続けてきただけですよ」

「否定され続けてた?」

高橋の過去を聞いたのだ。嘘を付くのは失礼だろう。

「僕は物心ついた時から文学が好きでした。でも、そういうのは今は否定されている。特に両親と学校の教師とやらは文学…芸術文化を激しく糾弾していた。社会人になるまでは図書館に行くことも許されないくらい、僕の趣味を徹底的に否定されたんです。それだけですよ」

だから、柳祥子が文学に興味を持っていると聞いた時には心底驚き、また嬉しさでいっぱいになった。それも、同じ時代が好きだと言われ、会話をするのがささやかな幸せになっていた。

「悲壮感なくてすいませんね。私の過去は、人生はその程度です」


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