待ち人
玄森は柳の遺骸にそっと刃を向け、右手の小指を切り取った。
何を考えているんだと思ったが、切り取った小指を玄森はポケットに入れていた白い包み紙で丁寧に包んで胸ポケットにしまった。
「船はまだ居る。そいつを使って戦闘地帯に行くぞ」
柳を失ってから、能力が数段研ぎ澄まされているのを玄森は体感していた。
兵器があるという<鼓動>のようなものを感じるのだ。それは銃や剣だけではなく、船や戦車といった物にも適用されるようだ。船にはまだ、大きな鼓動を感じる。まだ何か控えているようだが、負ける気は不思議としない。
「詠斗。ここは過去の戦いがあった場所か?」
「?ええ。父と湯神震が戦った場所ですが…」
詠斗がそう答えると、両腕を大きなショベルに変え、一瞬で人一人が入れるような穴を掘る。
そこに慎重に柳の遺骸を寝かせると、穴を綺麗に埋め戻した。
「祥子も…きっと思う事があるだろう。だから、身体はここに置いていく」
埋めた地面を見て一瞬目を細めた後、森は船着き場に向けて歩き出していった。
歩く速度は思いのほか速く、詠斗は付いていくのに精いっぱいだった。
「玄森…氏は、船を使わなかったんですか?」
「呼び捨てでいい。俺と祥子は、転送機能で来た。俺たちは軍属ではなく、芹馬の直属に変えられたからな」
だから玄森は軍服を着ていなかったのか、と今更詠斗は気づく。
「…記録は、見ました。貴方たちは本当は、50年前の存在だと」
「知っていたのか」
「ええ。資料を閲覧したので」
敢えて大量殺人犯であったことを、詠斗からは切り出さなかった。
玄森は詠斗なりに気遣っていることに勘付いているのか、多くは語らない。
「干渉権を持っている高官の奴らは…今でも俺たちを兵器としか思っていない。だから柳の人格を何度も書き換え、消去した。『実験』と称して」
奥歯を強く噛みしめる音が、歩きながらでも聞こえてきた。
「この島に来る転送は、片道切符だったようだ。兵器になったあの女に殺させるのが計画に練り込まれていたんだろうが、あまりの機能にすぐ使いたくなったんだろう」
「あの女、ではないです。サオリという名前がありますから」
空気を読まない詠斗の発言に、玄森は僅かに口角を上げた。
「アンタも変わり者だな…」
「私は…初めて、怒っているかもしれません」
淡々とした口調で呟いた詠斗に、玄森は『何故』と聞いた。
「サオリさんをあんな形で利用されることが、こんなに腹立たしいとは思いませんでした」
サオリの意識は、まだ消えてはいないと詠斗は言った。それでなければ、最後に治癒を放たなかっただろう。
「まだ、戻れるかもしれないんです」
「そうか」
そんな話をしている間に、船着き場のある開けた場所に到着した。
「…」
船着き場には、確かにまだ小型船が残っていた。
だがそこには、永瀬が立ちはだかっていたのだった。