残骸
《確実に斬れる、もう回避は間に合わない》と玄森は確信していた。
それでもサオリは何かをする素振りは見せなかった。これだけ殺意のある玄森が斬りかかってきても、だ。
それが逆に玄森を動揺させる。刃を止める義理は生憎だが玄森側にはない。今更振りかざした刃も止められない。
成り行きのまま、玄森は斬りつけることを選択した。
西洋の両手剣を、日本刀並みの切れ味にしたようなブレードは、綺麗にさおりの胸を袈裟斬りにした。
深く切り込んだ手応えは確かにあった。間違いなく命に関わる傷になるはずだ。
だが、サオリは苦悶を浮かべることはなかった。彼女は何も感じていない。ただ玄森をジッと見据えるだけで、そこにはなんの感情もない。
不気味すぎる静寂に、玄森は距離を取る。
サオリの斬り口は、玄森が距離を取った数秒のうちに治癒されていた。
服が裂けているだけで、あれだけ盛大に切った部分は綺麗に治っているのだ。
『うむ、こちらも申し分なしだ!まさに圧倒的な再生能力と破壊力…!完璧だ!』
芹馬の気色の悪い笑い声が、ストレスカウンターから響き渡る。
サオリの治癒能力を試したのだ。つくづくこの男は嫌悪すべき存在だと思い知る。
『さて。これで様々なことが実証された。お前たちは後ほど回収する。早速この兵器を実戦に使わなければならないのでな!』
芹馬の通信はそこで途切れ、サオリに何らかの指令を出した。
サオリは一度だけ、倒れ込んで動かない詠斗に視線を向けた。
『…』
無言のまま、サオリは白い翼を一対創り出して宙に浮き、何処かへ飛び去って行った。
「サオ…リ…さん」
サオリが一瞥した時、彼女の最後の何かが僅かな治癒を放っていたようだ。
詠斗の胸の傷が、簡易的ではあるが塞がれていた。
痛みで動けない上に、意識もほぼ飛びかけていたが、玄森たちのやりとりは聞こえていた。
何度も力が抜けて倒れかかるが、なんとか立ち上がった詠斗はサオリが飛んで行ったと思われる方角を眺めた。
「使われる…!」
「ショーコ!」
一方玄森は未だ悪夢の中にいる柳に必死に呼びかけていた。
力無い右手を強く握り、何回もあの時の名前を叫んでいた。
「…ウルシ…君?」
微かに目を開ける柳だが、視覚を一時的に封じられているのか玄森の姿は捉えられていないようだ。
「ごめんね、あの時見捨てて…私が誰かに報せれば…ウルシ君は死ななかった…」
過去の記憶と今がごちゃ混ぜになっているのだろう。
「俺は生きてる!あの後もずっと生きてた…!」
「生き…てた…?」
「僕も…ショーコを独りにした…!ごめん…!」
玄森の口調が、一瞬昔に戻る。黒龍の瘴気はまだ消えておらず、側にいる玄森すらも侵食しようとしていた。
両親に虐待されていた記憶が、突如鮮明に戻り始めたのだ。
(くそ…この能力はクローデルの発狂型も含んでるな)
今更両親のことを思い出しても、なんとも思わないからこそ平常心を保てているが、あまりよろしいものでは無い。
玄森は柳の右手を握る手に、祈りを込めた。
『昔に戻れ』と。