有無を言わさぬ死の淵
クローデルはわざとらしく首を傾げあざとい表情を作る。
『なんでかな、なんでかな~』と呟き、詠斗とサオリに<発狂型>の能力が効かなかったことを不思議に思いながらも、それを楽しんでいるかのようだ。そんな彼女の様子を、呆れつつも憐れむような顔で玄森はただ眺めている。
「…あまり傷つけるな」
一言玄森がクローデルに囁くと、分かってるとただケタケタと笑う。
「サオリさん、下がって!」
詠斗は反射的に口走り、サオリを庇うように体勢を変える。
「エイト!!」
クローデルが不意を突いて放った狂気の刃が、詠斗の左腕を掠った。
白衣とシャツが容易く裂け、深い傷ではないものの切り口からじんわりと血が滲む。
「大丈夫、掠っただけです。それよりも、彼女の動向から目を離さないでください」
サオリに目を向けず、詠斗は未だクローデルを注視する。
何をしてくるか分からない女なのだ。
「?特に動かないで出したのに、気付くんだ~。やっぱり貴方は不思議ね☆」
前もそうだったよね、とクローデルは愉快な記憶として思い出し、舌なめずりをする。
「初めて会った時も、貴方は私の動きを完全に読んでいたよね☆特に能力も保有していないと聞いているけど…?まあ、でもいっか☆愉しい時間にしましょう☆」
こっちは全く楽しくもないのだが、と詠斗は冷静に心の中で呟いた。
詠斗の集中には、限界がある。そして、完全に行動を読み回避できる精度を維持できるのは戦闘時間では短すぎるのだ。
前回クローデルと遭った時に初めて使った<全神経集中>。これを意識している間、詠斗は視覚や触覚の情報を元に、脳をフル回転させることで僅か先の未来を予測することができる。
だが勿論、予測には尋常ではないエネルギーと精神力を必要とする。
体力が持たないのは明白だった。
「もう一度聞きますが…貴方たちは何しにこの島に来たのですか?」
詠斗がカマをかけるようにもう一度聞くと、クローデルは豆鉄砲を食らったような顔をした。『分かってないの?』と言わんばかりだ。
「勿論、その子を引き取りにきたのよ☆」
「…未知の力を持っていると聞いている。俄かには信じられないがな。会った時も、そんなものは感じられなかった」
そういえば玄森とは一度、街に外出した際に会っているのだった。あの時はサオリのことをはっきりと『紛い物』で、探している存在ではないと言っていた。
「サオリさんは渡しません」
詠斗がハッキリと宣言すると、玄森は顎に手を当てた後、その死んだ目でジロリと見据えた。
…それは刹那に近かった。
気が付いた時には、玄森は詠斗の右胸に変形させた大振りのナイフを突き立てていた。