狂気型
クローデルの立ち位置から、変わらず何とも言えない気持ちの悪い空気が流れてくる。
例えていうなら数週間放置された猫の死骸を見た時の気持ちと、自分が猟奇的な殺人事件に近いことを犯した時の歪んで高ぶる気持ちを混ぜ込んだようだ。
…いや、実際にそのようなことがあった様な気がする。
「んー…?大分強くしてるんだけどなあ。あんまり効き目がないようね。特にその子には何も効いていないみたいだし」
変だな、変だなと首を妖艶に傾げるクローデルに構っている力がない。
クローデルからの不快な波動が強くなるにつれ、ぼんやりと脳の奥底にしまい込まれていた嫌な記憶が甦りかけていた。
気持ちの悪い、呼吸すら重くさせる空気を吸っていると、例えで思いついた光景が現実であったことを思い出す。
詠斗が幼い時に、その二つの出来事は起きていた。
施設の中庭に迷い込んだ猫を詠斗が発見し、こっそり様子を見ていたことがあった。
小さな命を目の前にしても特に何も思うことはなかったが、毎日その猫は中庭に現れ、小さく鳴く。
撫でてやるとフクフクとした柔らかい体を委ね、満足そうにする様子だった。
ある時から、猫は姿を見せなくなった。
どこかに行ったのだろう、と詠斗は簡単に思っていた。だが猫が姿を消して数週間立った頃、研究員に誘導され向かったいつもの被験室に、その猫の死骸がガラス越しに置かれていたのだった。
毛並みからすぐに、あの猫だと気づいた。
『どう思う?』と男の研究員が嫌な笑みを浮かべながら問いかけてきたが、詠斗はただ無表情に、言葉少なに『猫の死骸ですね』と答えるだけにしていた。そうすれば、研究員はまた自分に失望してくれると少年心に思ったのだ。
本当に『猫の死骸』と抽象的に思ったのは否定しない。だがあの時、僅かに悔しさや無常さ、怒りを抱いていたのを今までずっと忘れていた。
殺人に近いことは、研究員になってからやったことだ。
被験者に拷問に近い体罰を与えるのも、研究員の業務に含まれていた。
他の研究員もそれなりのことを行っていたが、一時期の詠斗は群を抜いていた。
一般人だろうが犯罪者だろうが、お構いなしに上から指示された内容をこなし、何となく興味が向けば思いついたことを実験終了後に衰弱した被験者に施すこともあった。
電気椅子、毒物投与、水没させて溺死、硫酸などの身体を損壊させる薬物に生きながら浸けることもした。
黄瀬と出会ったことでそれらのことはしなくなったが、それ以前は何とも思わずその行為を行っていたことを思い出した。
なるほど、人の嫌な記憶を強制的に掘り起こし、そのトラウマを強化することで人を廃人にさせる能力のようだ。
だが詠斗はその行為や発言に、正直多少は申し訳ないと思いながらもあまりどうとも思っていない。
故にクローデルの今出している能力はあまり効果が出ないのだろう。
それよりもサオリさんだ、と我に返り振り返ると、サオリは『何かしてますか?』と言ったようにポカンと突っ立っていた。
サオリ本人もあまり記憶がないのが幸いだったようだ。
「…やっぱりだめかー☆じゃあ、作戦変更しよっか!」
クローデルが能力を治めると、呼吸の不快感や頭に渦巻いていた記憶の嵐はすぐに嘘だったかのように消え去った。